オレ達の日常=SIDE Y=
38
誠士にいくら大丈夫と言われても、ヤクザの組に乗り込むといわれたら気が気ではない。
ついていくことは拒否されたけれど、そもそもが俺が撒いた種である。
というか、トールの喧嘩で俺が絡んでないこと自体が殆どない。
体を張って、命まで賭けて俺を守ってくれる。
子供ンときからずっと。
惚れずになんかいられない。友情だけですまない気持ちが溢れる。
……心配でたまらなくて、勉強なんか手につかねえっての。
机には向かっているものの、下で車の音が聞こえるたびにびくびくとしてしまう。
カチッと扉が開く音がして、俺はシャープペンを置いて腰をあげ、部屋を出るとリビングのソファーに腰を下ろすトールを見つける。
「お帰り、大丈夫だったか」
怪我もなく、生きて動いてここに帰ってきてくれた。
それが、嬉しくてリビングに入るとトールの背後から肩に手を置いた。
「流石に、疲れたよな」
「……ああ」
なんだか心ここにあらずの表情で、どこかいつもと違う様子に俺は首をかしげた。
何も恐れることのない瞳が、どこか弱気に見える。
いつも無駄に迷いのない表情が、今は動揺しているようだ。
「トール、何かあったのか?」
ぱっさぱっさになっている潤いの無い髪に指を通して撫でる。
「オヤジが……いたんだ。オヤジ…ヤクザだった」
ショックを受けた様子で、顔を掌で覆うトールに俺は思わず手をとめた。
……何を言ってるんだ?
今更だろ?
そんなこと、近所でも有名だったし……。
俺は、小学校のときセイハに聞いて知っていたのだが、トールはしらなかったというのだろうか。
「トール……」
「ヤス……ヤクザの息子だなんてしらなかったし、俺……オマエと付き合ってたらオマエに迷惑かけちまう。だから……これっきりにしようぜ」
何を言い出すんだ。
俺は十分昔から、そんなことは知っていたし、それでも一緒に居た。
迷惑をかけてきたのは俺のほうだっていうのに。
「俺が納得すると思うか?」
落ち着かせようと、静かに言葉を返すと、トールは俺の顔をぎっと睨みあげる。
「……堅気に俺が生きようと思ったって、色々絡んでくるやつらはでてくるだろ。そんなのにオマエを巻き込みたくねえんだよ」
今まで巻き込みまくってたのは俺のほうだ。
それでも、守られるだけなのがイヤで、トールの弱味にならないように、体だって鍛えた。
「いまさら、俺から……逃げられると思ってるのか?」
「俺が逃げようと思えば、逃げられる」
低いトーンで返す表情は、いつもの表情ではなく、どこか研ぎ澄まされた野生の獣のような顔だ。
迂闊に力で抑え込もうと思えば、本当に逃げられちまう。
「トール、言っておくけどさ。そのこと知らなかったのお前だけだよ」
「ヤスは……知ってたのか」
「小学生の頃にセイハに聞いてたから、トールも知ってると思ってた」
黙り込んだトールは、ぐっと拳を握り締めている。
多分、あの家族の中でも知らないのはトールだけだったんだろうなという気がする。
「怖い……んだ」
俯いたまま、普段は怖いものなど何もないと嘯くこいつが、本気で怖がっているのを初めて見たような気がした。
「ガキの暴力とは違う暴力っていうの……組にいって初めて感じて……もしそれが、オマエに降りかかったらって思ったら……どうしようもなく怖い。オマエを守れる自信が……ねえ」
震える拳に俺は手を置いて、ぎゅっと包み込むように重ねた。
「俺はオマエに……守られるだけの男かよ?それに……大丈夫だよ。今までだって、これからだって、オヤジさんはお前ら家族に危害が及ぶようなへまはしねえよ」
大きな体がふるふると震えて、ぽたぽたと太股の上に涙が落ちる。
「……怖かったんだ……オマエに何かあったらって思ったら……」
恐怖に慣れていない、彼の中の唯一の恐怖が俺なのだとしたら。
俺が唯一の彼の弱味なのだとしたら。
そう思うと愛しさが増して、回り込んで彼の隣に腰を下ろして強く抱きしめた。
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