オレ達の日常=SIDE Y=
30
嫌な予感しかしなかった。
同棲するなら荷物とりにいくと言って家に帰ったトールが夕方になっても戻ってこない。
俺は受験勉強やってればいいからと、トールが言うので一緒には行かなかったが、ヤクザの件もあるし、やっぱり一人で行かせたのはまずかった。
心配すぎて手がつかねえなら、一緒に行っても同じだった。
メールでいまどこだと飛ばしても返事は一向にこない。
トールのことだから、そんなにスマホ気にしてみちゃあいねえんだろうけども。
「迎えにいくか」
トールの家は俺の実家の隣なのだが、俺は家族が九州にいっちまったあと隣町のこのマンションで一人暮らししている。
学校も実家からのが近いのだが、その頃の俺は女を連れ込むのに一人暮らしをしたかった。
実家にはじいさん、ばあさんも住んでいるので、顔をあわせたら面倒なのだが。
そんなこと気にしてられねえしな。
ジャケットを羽織ってマンションを出る。11月の末にもなると本当に寒くなってくる。
愛車のバイクに跨りヘルメットを被るとエンジンをふかして走り出す。
バイクで飛ばせば15分くらいの場所だが、混むと少し時間がかかる。
イライラしていると信号の待ち時間がとても長く感じる。
夕闇の中を久々に飛ばして、たどり着いたトールの実家の家の塀に横付けした。
こっちにくるのは久々すぎる。
インターフォンを鳴らして、玄関の前で待つ。
トールの両親と俺の父親も幼馴染でずっと仲良くやってきていた。
それだけに、第二の両親と言ってもいいくらいである。
バタバタと音がしてドアが開くと、トールの弟の西覇(セイハ)が俺を見て一瞬焦った表情をした。
「……ヤッちゃん…どうしたの」
西覇は成績優秀でこの辺でもトップクラスの高校にいっている。2つ年下の高校1年である。
トールの弟とは思えないくらい出来のいい弟だ。
俺らが暴れまわっていても、弟には被害及ばなかったのはトールにまったく似ていないからだろう。
「トールがおせえから、迎えに来た」
勝手しったる様子で靴を脱いで、玄関へとあがる。
「アニキなら、わけわかんないこと言い出して…オヤジに殴られて伸びてるよ」
伸びてちゃメールも返せないわけだよな。
「おじゃまします」
居間へと向かおうとする俺の腕を西覇は掴む。
「ちょっと待って、オヤジ、今やばいから」
トールのオヤジは現役のヤクザである。
多分トールでも腕力でオヤジさんには勝てないといっていた。
「セーハ、誰かきてンのか?」
顔を出した親父さんに俺はぺこりと挨拶をする。
この辺界隈では、この顔と態度で爽やか品行方正高校生で通っている。
「今晩わ。おじさん」
オヤジさんは、腕にすっかりぐったりとして気を失っているトールを抱えてひきずって俺のところに歩いてくると、トールを投げ捨て俺の前に土下座をする。
「ヤスシ……うちのがスマン。ヤスシが美人だからって、手を出すなんてアイツには見下げ果てた」
どうやらとてつもない勘違いをしているようである。
「え…違います。ちょっと聞いてください」
「いや、わかる。無理矢理だったんだろ。本当になんとわびたらいいか。孝治にも詫びをいれなくてはいけねえって思ってたんだ」
聞く耳もたずに話を聞こうともせず、俺に詫びるオヤジさんの目の前に俺も座って落ち着けるように肩をゆする。
「ちょっと……話を聞いてください」
「コイツは頭おかしい。結婚するから同棲するって、何考えてるんだか。ここまでイカれちまったとは情けねえ。コイツには一生償わせるから許してやってくれ」
床に頭をこすり付けて俺の話を聞いてくれない親父さんの横で伸びているトールの体を抱き起こして、ぐっと抱きしめ俺も床に頭を擦りつけた。
「おじさん。トールを俺にください……一生大事にします…俺の全部をかけて幸せにします」
「ヤスシ……本気か」
驚きの表情で俺を見下ろすオヤジさんの視線を感じる。
「ごめんなさい。詫びるのは俺の方です。俺がトールをずっと好きで、無理矢理自分のものにしました。それでも、トールは許してくれて……俺たち、好き合ってます。お願いします」
トールが話したことは決して嘘ではない。
「……うちのが無理強いしてるわけじゃないんだな」
オヤジさんの声はまだ半信半疑だが、俺は胸に抱いたトールの体を再度抱き寄せる。
「あたりまえです。ガキの時からトールは俺を守ってくれてました」
「あらあら、ヤッちゃんほどの美形ならモテモテじゃないの。それでも、うちのトールがいいの?」
居間から顔を出す、ちょっと派手で美人なトールのお袋さんは、繁華街で高級クラブを経営している。
「トールしか駄目なんです」
「おばさんはいいわよ。どーせ、この子が女の子とうまくやれるわけないわ」
適当な感じで、長男を簡単に手放してくれる。
おもしろがるように、母親の横からぴょこんぴょこんと中3の双子の紗南(サナミ)と北羅(キタラ)が顔を出す。
二人ともそろってトールにそっくりな顔をしている。
「……ヤッちゃんさ……アニキのこと抱いてるの」
キタラは、トールに指をさして聞く。
「……ああ」
「ふうん。最近、アニキの癖に妙に色気あるなって思ってたけど、そういうわけか」
サナミはふふふと意味深な面白そうな表情を浮かべている。
ん、そういう直感は敏感みたいである 。
「荷物はまとめてたみたいだから、宅配で送ればいいわね。」
おばさんの言葉に頷いて、まったく反応がないトールを見下ろす。
「はい。トールが気がついたら帰ります」
「まさか、嫁にください的なこと言われるとは」
オヤジさんはまだ信じられないようすで、俺の顔をじっと見ている。
「嫁にもらいたいってよく言ってたじゃない」
「一人くらいそういうのもいいか」
適当な両親とは言っていたが、まさかここまでオープンに適当とは思ってなかった。
トールの配線がずれてるのも仕方がない。
「怒ってたんじゃ…」
「いや、うちのがヤスシに無理矢理力づくでやっちまったのかとな。」
「いえ、それは俺がスタンガン使ってやりました」
正直に自分の卑怯なことを告白すると、おじさんは首を振った。
「そりゃあ、油断したアイツの自業自得だな」
身内には厳しいな。
「……く…っ…いてえ……」
漸く目を開いたトールは、俺の体を振り切って目の前にいる親父さんにいきなり食って掛かる。
「ざけんな、オヤジ。俺ァ、反対されても……ぜってェヤスと結婚する」
ぐわんと引いた腕で繰り出したトールのパンチを、おやじさんはいともたやすく受け止める。
まったく、相手になていない。
「いーぞ」
「ハァ?」
軽く答えたオヤジさんに、今度はトールがあっけにとられていた。
「いいぞって、好きにしろい。ウエディングドレスは着るのか」
「着るか、くそじじい」
掴まれた腕を引いて、捨て台詞を吐いて振り返ったトールは俺と目が合いびっくりした表情を浮かべる。
「……ヤス。来てたのか」
「おそっ」
思わず突っ込むと悔しそうに自分の腕をトールは眺めた。
「一発でノックダウンさせられた……」
「オマエが起きねえから、俺はおじさんに、トールをくださいっつったぞ」
軽く眉をあげて、ちょっと驚くもうれしそうな表情を浮かべる。
「……マジか」
うれしいのか。
言って欲しかったのか。
凄く本当に可愛いと思う。こいつが。
「アニキって、抱かれるほうだったんだなあ」
ニヤニヤと双子が詰め寄ってくるのに、トールはげえっと呟き俺を睨む。
「オマエ、余計なことまでカムアウトした?」
「そこが大事なとこだったみたいだぞ」
すくなくともオヤジさんには、大事なトコだったはずだけど。
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