オレ達の日常
20
「やっぱり怖がってくれないか」
微笑みながら、俺の体にベルトを巻きつけシャワーフックに鎖をかけて拘束するヤスをみあげて、こいつはなんで俺をびびらせたいのだろうかと、疑問に思う。
夏に冷房切れた時ことを思い出すと多少は不安だが、不思議と恐怖感はない。
恐怖におののく姿を、見たいというキモチがサディストにはあるのかもしれない。
そう考えると、あまり恐怖感を覚えたことがない自分は不向きなのかもしれない。
俺は何が怖いだろう。
「オマエに捨てられたらって思うと怖い」
呟いた言葉に、ヤスはごくりと息を飲んで、俺をじっとみつめて首筋を朱色に染めた。
照れてるんだなと思うが、その姿が本当に可愛らしい。
「……殺し文句言いやがって。もー、じゃあ絶対、一生怖がらせられねえじゃん」
M字開脚のまま固定して、ヤスは俺の腹部にできて腫れ上がっている痣を何度も撫でる。
「ちょっと洗うね」
拘束した体を起こすようにもちあげて、お湯の温度を調節して適温にすると、ゆっくりとシャワーをを俺にかけて、スポンジにボディーソープを垂らして泡立ててから大切なものを扱うように洗い始める。
俺にだけ向ける、優しい表情が好きだなと思う。
「今日、予備校抜けて来てくれてアリガトウな」
あの時、ヤスがきてくれなかったらそのまま意識戻らずぶちのめされていた。
今頃病院だったかもしれない。
ヤスの声に、守ってやりてえって思う本能が、俺の意識と体を動かした。
ガキの頃から染み付いてしまっている本能。
「何言ってるんだよ、当たり前だろ」
髪の毛を洗いながら、ヤスは微笑を俺に向けてくる。
「大事な勉強中なのによ。でも、ヤスきてくれねかったら、潰されてた」
邪魔してしまったなと思う反面、きてくれなかったら本当にどうなってたかわからないなと思う感謝があふれ出る。
「でも勉強してるンだって……トールと一緒にいれるようになるためだし」
歯切れ悪く言葉を募らせるヤスに、俺は首をかしげた。
ヤスが勉強することで一緒にいられるというのはどういうことだろう。
「どういうこと?」
「めっちゃエリートになって、トールを一生飼ってやるんだよ」
ヤスはそう言うとシャワーを止めて、綺麗になった俺の体を背後から抱えるように抱き寄せた。
飼ってやるか。
犬猫ペットのように俺を飼うってことなのだろうか。
ペットなあ……。
「……飼う?ンなことしねえでも、一生一緒にいてやっからよ」
ペットじゃ俺は満足できない。
多分、ペットのように甘やかされて触られていじられて、キモチいいかもしれないけど。
プライドとか元からどーでもいい。
そんなの気にしたことはまったくない。
だけど、ペットじゃ満足できないのだ。それは伝えなきゃいけない。
「一緒に住んで、一緒に暮らしたいの」
俺の首輪を撫でて、求めるような目で見つめる。
一緒に住みたいって、暮らしたいなら……アレだろ。
それは飼うとかいう言葉じゃないはず。
「……飼うとかはイヤだ。言い方あンだろ」
「言い方ね……何?」
ヤスは心底分からないといった表情で俺を見つめてくる。
「はァ………オマエがいわねえなら俺が言う」
思いつかないのだろうか。
元々ロマンチストだったはずなのに、SM脳にきっと犯されすぎちまってるんだろうな。
不憫になるが、性癖なので仕方ねえだろう。
いちゃいちゃでラブラブ希望って自分から言ってきたのにな。
まあ、こういうことが好きなら、付き合ってやる。どこまでも付き合うことは俺の中で折込み済みだ。
だから恐怖とかはまったくない。
だけど、生活や人生までそのSM脳には付き合えない。
「オマエ、俺と結婚しろ」
してくれとか、したいとか願望とかじゃない。
これは、俺の意思だ。
それに、ヤスがノーといえるわけがない。
一生俺と一緒に暮らしたいなら、俺の意見に頷くしかない。
「……って、結婚……」
ヤスは俺の言葉にはとが豆鉄砲くらった表情で、一瞬唖然として、そして綺麗な顔を真っ赤に染める。
本当に可愛らしい。
好きで好きで仕方がねえっていうのは、こーいうことだ。
「トール、どうやって…」
暫く後に、YESでもNOでもなく、疑問が返ってきて、ため息をつくと俺は体の力を抜いた。
どーやってとかそーいう細かいことは二の次だろ。
そこは、ハイかイイエで答えろよ。
ハイしか認めないけど。
「なんか適当に籍いれられんべ、よーしとかなんか」
「養子縁組?」
「それ、しろよ。オマエがエリートになるまで待ってやっから。うちの親はテキトーだから大丈夫だ、オマエは自分の親説得しろ。」
早くハイっていわねえのかなと、喧嘩のときのように幾分俺は目に力を篭める。
俺と視線を合わせて、ヤスは膚を熱くさせて欲情したような表情を浮かべる。
「……これってプロポーズ?」
「そーだ」
「俺がしたかった」
ちょっと拗ねた顔で唇を尖らせて、俺の体を何度となく抱き寄せる。
「ふ、バーカ、先手必勝なんだよ」
つーか、まだ答えをもらってない。
いいかげんに俺も焦れてきて、眉を不機嫌に寄せた。
「ほら、結婚しろっつってんだ、答えろ。ハイかYESどっちか言え」
「どっちかって…どっちもだよ。ハイでYESだ。……てかこんな格好でも、なんでそんなかっけえんだよおおおお」
嘆くように抱きしめて、俺をすがるように見つめてくる表情が大好きだ。
綺麗な顔を歪めてなきべそのような表情で見つめてくる。
つか、泣いてる。
拘束されて、抱き返せないから俺は頭を相手の肩口にこすり付ける。
オマエと一緒の時間が好きだ。
他に何もいらない。
ガキの頃からそうだった。それもずっと変わらない。
「……オマエのためならどんな格好でもしてやるし、どんな情けない姿にでもなってやる。犬でもなんでもやってやるよ。だけど、飼うとかは駄目だ。俺がオマエを守れなくなる。それはイヤだ。俺はずっと、オマエを守りてえんだよ」
耳元で俺はヤスに告げる。
守ってやるとかすげえおこがましいかもしれねえけど、全力で俺はそうしたいと思っている。
失うのは怖かった。
本当に怖かった。あの夏の日におこった出来事がまざまざとよみがえる。
絶望して、俺が何の力もでなくなるくらいだったのだ。
「変なこと言って……ゴメン。愛してるよ、トール。俺が、大学出て就職したら結婚しよう」
涙声で告げる優しい声が、俺は大好きだと思う。
欲しかった言葉もくれた。
だから、笑顔で告げる。
「おう。約束だ」
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