オレ達の日常
16
8人目までは、なんとかなったが筋肉だるまのような男はどうにもなンねえ。
工藤と名乗った若頭はまだ動かない。
2対1ではやる気はなさそうだ。こっちの動きを捉えるような目で見ている。
卑怯な手は使わないということか。まあ極道モンの仁義とかそういうのかもしれん。
「降参っつったら、許してやらんでもねえよ。まあ賠償金100万は払ってもらうけどな」
「ンな金あるかよっ」
俺は筋肉ダルマへと拳を叩きつける。
うまく腰が入らない。ったく、ヤスのヤツやりすぎだってーのっ。
「うおおおおおおおおおっーーっ!!!!」
唸るように気合を入れて力を篭めて筋肉ダルマの腹部に拳をめり込ませる。
「へえ、やるじゃん。ハセガワ君、イキがいいねえ」
工藤の声が遠くから聞こえる。
とたんに頭に打ち下ろされる衝撃にぐらっと上体が傾く。
やべえ、頭、やられた。
筋肉ダルマも相当体力は削られているようで、動きは緩慢だ。
満タン状態なら負ける気はしねえのに、くそ、体がうまくうごかねえ。
「ふっらふらだね。ここまで、俺の組のもんを痛めつけてくれたのは誤算だけどなァ。俺の可愛い幼馴染に手ェ出すから悪い」
頭から流れる血液で目が霞む。
大体、俺がコニシに何したってンだよ。
いきなり罵られてカミングアウトさせられただけじゃねえか。いわば被害者だろうが。
「……ふっざけるなああ!!!」
俺は大きく長い脚を振り上げ、筋肉ダルマの頭を蹴り飛ばした。
ごろごろと勢い良く筋肉ダルマが吹っ飛んでいく。
ざまあみやがれ。
「……俺ァ、コニシに何もしてねえよ」
「はァ、今さらそんなこと言い出すのかよ。何でじゃあ弓華が俺にオマエの抹殺を頼んでくるんだ?」
「ンなの、知るか。だいたい逆恨みだってのォ」
工藤のシャツに腕をかけてぐいっと引き寄せる。
「ボロボロだなァ。そりゃそうか、組の精鋭9人も倒してるんだもんな。ホント、もったいねえなァ、許してやっから俺の組に入れや」
余裕こいた表情で、グラサンの中から睨みつける相手に俺は首を横に振った。
「売られた喧嘩は買ってやっけど、自分から売りにいく商売はしたくねえよ」
こいつをのせばとりあえず、ミッション完了だな。
「ふうん。卑怯な真似はしそうにねえな。オマエ」
相変わらず余裕そうな顔に腹が立ち、俺は腕を引いてぐっと振り下ろそうとするが、鳩尾に衝撃が走る。
う…そだろ……。
俺の拳が力なく空を切り、衝撃にげほげほと咳き込む。
こんなことかつてなかった。落ちそうになる体をぐっと耐えて、脚に力を篭める。
「やっぱ骨があるねェ。このへん界隈で名前を売ってるだけあるなァ」
「うるせ。売りたくて売ってンじゃねえってのォ」
工藤に向けて俺の長い足で蹴りを叩き込もうと振り上げる。
「おせえな。体力ぜんぜんねえんじゃねえの?」
工藤は笑いながら避けて、逆に容赦なく拳が腹部へと叩き込まれる。
マジでやべえ。
バイタリティっていうのがなくなっていくのが分かる。いままでこんなに追い詰められたことはない。
壁際まで追い込まれ、俺は荒く息をつきながら壁に腕をつく。
「ふうん。オマエ弱ってる顔、セクシーだな」
ニヤニヤ笑いながら俺の急所へ拳を叩き込んでくる、工藤の表情に虫唾が走る。
「く…ッハァ……変態にセクシーとか言われたくねえな」
相手はこういう戦いに特化した職種である。弱いトコ弱いトコ狙ってくる。
追い詰められたことがないから余計に壁際で俺の動きは鈍くなっている。
「エロイ顔してるのはオマエだろ。痛みに感じちゃうタイプ?」
「うるせェ」
振り回した腕が相手の肩を掠める、朦朧として焦点が定まらず狙いが外れる。
こんなとこで、こいつに負けるわけにはいかない。
ヤバイ空気ってのは、分かってる。
今まで相手にしてた男たちとは雰囲気から全部違いすぎる。
ガッガッっと拳が腹部を痛めつけていき、俺の意識も遠のいていく。
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