オレ達の日常
17
「とーる、もうかえっちゃうの。もっとあそぼうよ」
俺の腕を精一杯引っ張って、可愛いまん丸の目に涙を浮かべてひきとめる。
栗色の髪の可愛らしい子。
これは幼稚園のときのヤスだ。
女の子に間違われるくらい可愛い顔。
「もう4じだから、げんこつされる」
親父もオフクロも元ヤンで大概だから、俺の頭をガンガン殴った。
子供ながらにちょっとした恐怖心を抱いていたような気もするが、慣れっこにもなっていった。
大概のことに動じなくなったのはこの育ちのせいだと思う。
「げんこはいたいね」
ヤスは泣き止んで、心配するように俺の顔を覗き込んでくる。
このころからそうだった。
俺を心配して必死な顔をする。
その顔が大好きだ。今もそれは変わらない。
「うん。だからかえる」
「おとなになったら、もっといっしょにあそべる?」
大人になってげんこされないようになったら、もっと自由になったら、ずっときっと一緒に遊べる。
だから、早く開放されたい。早く大人になろう。
「やす、おとなになったらいちにちじゅう、ずっといっしょにいような」
「やくそくだよ」
一番好きなやつの隣でずっと遊ぼう。約束だ。
それは決して違えない約束。
「おー、おとことおとこのやくそくだ」
「トール!!!てっめええ!!!」
朦朧としてくっらくらの頭の中に、聞き覚えのある声が響く。
もう、そうとう夜も更けて真っ暗で、壁に凭れたままの俺の体は重くてうまくうごかない。
ああ……俺、殴られてたんだっけ。
どんくらい意識飛ばしてたのかわからないが、この声はヤスの声だ。
「アイドルみたいな顔してるねェ、へえ、コイツのオトモダチ?」
腹がいてえ……結構殴られたな……。
全身がみしみしと軋むような音をたてる。
骨がどっかイッちまってるかもしれない。
ヤスが俺を視界に入れて、心配そうに顔をゆがませる。
「トールを離せ」
「威勢がイイね。坊主。綺麗な顔がぐちゃぐちゃになってもいいのかな」
工藤は俺を放り捨てるように離して、ヤスの肩を掴んで殴りかかる。
ヤスは軽く避けて、工藤の首に腕を回してクラッチをかける。
工藤は体をひねって外すと、腕をぐっとひいてヤスの顔に向けて拳を振り上げた。
俺の殆どぼろくずのようになっていた体は反射的に動き、工藤の腕を掴んでひねり上げた。
「てめェ……ヤスの顔に手ェだすな」
そいつは、オマエの汚い手で触っていいものじゃない。
「このガキィ……復活したのか、死んだと思ったよ」
ヤスが呆れたような顔で俺を見やりってにっと笑う
「オマエ、ほんとに俺の顔好きだよな。トール」
そんなの昔から、オマエの顔がすきなんだよ、俺は。
「……めちゃくちゃ好きだ」
俺は、ニヤッと笑いひねりあげた腕に力を篭めて、ばきばきばきと音をたてて捻り潰す。
「ぐああああああああああっーーーー」
工藤の腕は複雑骨折したらしく、ひいひいいいながら転がっている。
「つか、ずいぶんボロボロだな。大丈夫か。ヒガシが呼びにきたよ」
工藤を放り投げてふらつく俺を、ヤスは支えるように腰に腕を回して、惨状に立ちすくむヒガシを指差す。
俺はぎっしぎっしの体をヤスに預けて、ヤスは工藤の顔をしみじみと見つめて首を傾げる。
「で。こいつ、誰?ちんぴら?」
「いや、組の人。オマエのせいだぜ。コニシの幼馴染らしい」
「マジか。悪いな」
組の人と聞いて、げーと呟いていたが、ヤスは少し考え込んで、
「小西さんは俺がなんとかしておくよ。それにしても……結構やられたな。組の人はやっぱ強い?」
ぼっろぼろな俺を引きずるように支えながら問いかける。
勉強の邪魔しちまったけど、でも、コニシのことは元はといえばヤスのせいだから……。
「はらへってたからな」
満タンだったら、苦戦はしたけどこんなに殴られていない。
「………そか」
「……ヤスんちいく……うまいものくわせて」
体に力が入らないが、気を失ったらヤス一人では運べないだろう。
「俺んちきたら、帰さないよ」
「ずっといるからいい」
「とじこめるぞ」
「ん、いいよ」
ぐったりとしてきた俺に見かねて、ヒガシが近寄ってきて片側から体を支える。
ずっと一緒にいるって、約束したから。
大事な、大事なずっと昔にした約束。
俺と、ヤスと遠い昔にした永遠の約束。
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