オレ達の日常=SIDE H=
14
シャワーを浴びてタオルを首にかけて戻ってきた長谷川には、さっきの情事の余韻なるものが全くなかった。
日に焼けた綺麗な筋肉質な体は、スポーツマンなら誰でもあこがれるものだろう。
「ヒガシ、俺の顔になんかついてる?」
長谷川は散らばった下着をひょいっと手にとって、それをがさがさと身につけていく。
「は……東流は、男らしいなって、ヤッてるとこ見た後でも思えるから不思議だよな」
下の名前を呼べといわれたことを思い出して、思い切って呼んでみた。
ヤクザの下っ端を締めたとか、高校でたらヤクザなるとか、ここらの高校に乗り込んで1教室を壊滅させたとか、悪いうわさしか流れてこなかった。
こんな風に笑うやつだとも思ってなかったし、それ以上に同級生に抱かれているとか思いもしなかった。
「ぶっ、そりゃあ男だもんよ。何だよ、いきなし。突っ込まれても、俺ァ、どーみたって男でしょ」
長谷川はおかしそうに身を折って笑い、目を細めて笑う。
「そりゃそうなんだけどね。それにしても、日高も気絶してる東流と俺をよく二人っきりにしてでてったよなあ」
思わず呟くようにもらすと、意味がわからないとばかりに首をかしげてじっと俺を見返す。
「どういう意味だ」
「いや、まかりまちがって、俺が東流を襲っちまうとか考えなかったのかなとか」
予備校の時間に間に合わないから後はよろしくと、無防備な東流を置いてでていってしまったのだ。
裏切る気はさらさらないのだが、そういう危険性は考えないのだろうか。
長谷川も、何を言い出すのかというような表情を浮かべた。
「……オマエが俺をか?ぶっは、そりゃ考えないだろ」
「なんでだよ」
そんなに人畜無害そうなのか俺は。
深々とため息をつく。信用されているのはうれしいが、なんとなく釈然としない。
「オマエはスポーツマンだからよ。卑怯なことはしねえし、間違っても俺がオマエにヤられておとなしくしてねえだろうしな」
ニヤッと笑う長谷川は、心底恐ろしいオーラをまとう。
なんだかトラウマっぽいものをふんずけてしまったようだ。
「まあ、そうだろうけどさ……東流は日高のどこがイイんだ?」
俺は荷物を背負いながら、忘れ物はないかチェックをする。
ありきたりの問いかけに、長谷川はあごに手をあてて本気で悩んで首をひねる。
悩むくらい好きなところがないのか、日高は。
少し哀れに思うが、あんなモテモテなのだ、ざまあみろとも思う。
長谷川はしきりにうーんとうなって10分ほど悩みぬいて漸く結論をだした。
「……顔だな」
「顔ォ…!!!」
好きなところを聞かれて返す最低な答えのひとつだぞ。
正直に生きている男は、ごまかすということは知らないらしい。
「イケメンだろ」
当然とばかりに言う長谷川にあっけにとられる。
よっぽど日高の顔がすきなんだなと感心するしかない。
「まあそうだろうけど」
「だってよ。こんな喧嘩好きになったのは、ヤスの顔のせいっちゃあせいだぞ。ガキのときはヤスが女の子みてえな顔してるからって狙われて、それを助けてるうちにガキ大将になってたし、中坊ン時は、ヤスがところかまわずこますから周りの男どもがふっかけるのを相手してるううちに、町の中学全部シメちまったし」
へらりと笑って自慢げに自分の胸元を指差す男は、本当に頼もしい。
こんな男らしい男を良く抱こうと思えるものだ。
「そりゃ……すごすぎるけど。じゃあ、ガキの頃から好きだったんだな」
「さあ、ヤスに襲われるまで、気づかなかったけどなあ。そうなのかもしれねえな」
そこまでしといて、ただの友情のなせるものだと思ってたという感じである。
それにしても、恐ろしいくらいの鈍感である。
「そりゃ、ゴチソウサマ」
本当に良いカップルだなと思いながら告げると、長谷川はにっとうれしそうに口元で笑う。
こんなに表情豊かなやつだったのかと改めて思い、なんだかまぶしく感じて目を細めて見返すと、長谷川は腰をあげて足を戸口に向けた。
「さあて、いこうぜ。ヒガシ」
俺は頷いて、大きな長谷川の背中を追いかけるようについて部屋を出た。
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