届かぬ太陽
4
焦りばかりが募って、僕は初めて彼に通信を入れた。画面ごしの彼はいつもより焦燥はしていたが、なんだか普段見える荒々しさがなくすごく綺麗に見えた。
「大丈夫ですか。決行中にヒートと聞いて、僕も心配になりました」
『メンタルの問題なのか、少し時期がズレちまってな。迷惑をかけてすまないな。セルジュには助けられちまった』
すっかりバディの桑嶋を愛称で呼ぶのが、また気に入らない。兄は僕のただ1人の運命なのに。
『アユミが俺を心配してくれるとか、凄く嬉しいよ。もう、嫌われちまったかなって思ってたから』
兄の面会にもいかなかったし、親にも兄の居場所を尋ねたことはなかった。
薄情だが、兄は運命の僕のところへ必ず戻ると信じていた。
「嫌うわけありませんよ。兄様こそ、全然家に戻ってこなかったじゃないですか」
責めるように言うと困った表情で形のよい眉をさげて、
『ああ、母さんからアユミがアレルギーだと聞いて、俺が行ったら気分悪くなるだろ。今だって、具合悪そうだ』
アナタが他の人を受け入れるとか、考えると吐き気がする。
僕のアレルギーは、多分そんな精神的なものだ。
今だって、桑嶋に抱かれたのだろうと考えるだけで、嘔吐しそうなのだ。
『でも、通信くらいは入れればよかったな。ごめんな』
何に対する詫びなのか、わからない。
「いいですよ。いまさら」
『まあ、親父に、やっぱり辺境に戻して欲しいって言ってみるよ。αだらけだからか、ヒートがおさまらねぇし、正直まともに仕事ができねえや』
その言葉に、僕はほっと胸撫で下ろした。
このまま、ここにいたら桑嶋も危ないし、この局のヤツらとも大分馴染んできているので危険だ。
「兄様がツライならその方が良いでしょう。父様に、僕からも頼んでみます。直接兄様が頼んだ方がいいかもしれないですが」
『そうだな、今日はおせえし明日にでも頼んでみるよ。ありがとうな、アユミ』
笑みを浮かべて理知的な目で見返す彼は、昔の彼のようで、なにも変わらないように見えた。
僕の憧れの存在のまま。
それはただの八つ当たりだとは思っていた。
我ながら大人気ないなとは考えたが、気持ちというのはどうにも止められないものだ。
「桑嶋、君は報告書作ることはできたよね」
「はい、すみません。少しバタバタしてしまって、失念しました」
素直に頭をさげて、すぐに作成するとデスクに向かったが暫くしたあとに、こちらにやってくる。
まだ、兄の残り香があるのか桑嶋が近くにくるだけで、甘い匂いに酔いそうになる。
「なんだ」
「すいません。ダウンロードしたデータチップを、副局長の部屋に忘れてしまったようで」
桑嶋は困った表情で、機嫌が最悪な僕に外出の許可を求める。
ヒート中の兄の下になんかやったら、何があるかわからない。
本来なら、データの提出は兄にさせればいいのだが、報告書が何日もあがらないのは困る。
だが、更に匂いがきつくなるのも僕の精神衛生上耐えきれない。
「分かった。じゃあ、今日はこのまま戻ってこなくていいから、明日には報告書を出せ」
僕は、この時した選択を生涯悔やむことになるとは、この時は気づいていなかった。
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