届かぬ太陽

5

翌朝出勤するとすでに兄のデスクには、兄が座って事務仕事を片付けているようだった。
兄はまだヒート中だろうと鼻栓もしていなかったが、あの独特な甘ったるい痺れるような匂いはもうしなかった。
「……兄様。まだ、ヒート中なのでは?」
問いかけると、兄は顔をあげて首を軽く振ると爽やかな笑みを浮かべる。
「終わったよ。報告書は、俺からアップしておいたから。あと、まあ……なんだ、セルジュと番になったから」
照れた表情を浮かべて、だからヒートは収まったと告げられると、僕は愕然として言葉を失った。
動揺で頭の中がまっくらになる。

遅かった、のか。

運命の番を、僕は目の前で奪われたのだ。
「…………そ、そうですか。やはり桑嶋が兄様の運命の人だったのですね」
つい嫌味のような言葉をかけると、一瞬兄の表情が小さくかげり、口元が僅かに震えた。
「運命のなんちゃらは都市伝説、だよ。そんなモンには、出会えない。わかるだろ?たとえ出会ってたとしても、結ばれねェ運命なら、そりゃあ運命じゃねえ」

「でも、貴方は……桑嶋がそうだと……」

彼はふと笑い、項をゆっくりさすって僕を分かっているんだろうという表情を浮かべて見返す。

「セルジュは、俺が決めた運命のなんちゃらさ。なあ、アユミ、おめでとうって言ってよ」
釈然とできない僕に対して、彼は静かに命令をする。
いつだってそうだった。

いつも、そうだった。

「おめでとうございます。兄様」

祝う気などさらさらなくて。
僕はどうしたら、2人を引き裂けるかばかりを頭の中でシュミレートしはじめた。

禁忌だから僕のことは運命ではなかったと、兄は簡単に切り捨てた。

そうだ。切り捨てられたのだ。

湧き上がる黒い想いはもう止められない。
僕は、隣で何食わぬ顔で証拠物件の話を他の局員と話している兄を見つめた。

10年前のあの日、ヒートをおこして隔離されていた兄の部屋に忍び込んで、ヒートに当てられて抑えがきかなくなったのは僕の方だった。

たまらず手を出した僕に彼はヒートの苦しみにあがらえずに、拒絶しようと必死になっていた。
泣きながら、それでも僕に詫びて快楽に狂うしかない彼を抱いたのは僕だったのに。

それなのに、彼はすべてを自分の責任にして背負い込んで、Ω専門の性犯罪者用の施設に入った。
そうまでして、彼は運命の番である僕を断ち切ろうとしたのだ。

それから実家にすらずっと帰ってこなかったというのに、僕の婚約が決まってやっと帰ってきたのだ。

祝いますよ。

仮初めの祝いのことばならいくらでも捧げますよ。
太陽のようなあなたに焦がれて伸ばした腕に、何度でも。

貴方が決めた運命など、それは、ただの幻想だといつの日か気づかせてあげますよ。

この命をかけて。










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