届かぬ太陽
3
いつも僕は出勤時間の30分は前には局についてるが、その時間にはすでに居る兄の姿がなくて、酷く嫌な予感がした。
そう言えば昨日は潜入捜査の当日だった。
作戦の成果についての報告書があがっていない。
何でもこなせるあの人が、誰よりも努力家なのは昔からだ。
完璧にこなせるように、すべてを準備しなくてはいけない人だ。
この時間にこないなんて有り得ない。
時間を見ると、すでに就業時間の5分前になる。
端末からアラート音が鳴り響いて、僕は恐る恐るといったていで通信ボタンを押すと、かなりやつれた表情の桑嶋の顔が映る。
『局長、すみません。昨日の作戦決行中に彼がヒートをおこしました』
桑嶋の表情にはなんとなく後ろめたさがあるのがわかった。
あきらかに桑嶋が彼と一線を超えたのがわかって、僕は奥歯をギリと噛み締める。
「まさか、桑島、兄とつがったわけでは無いですよね」
だとしたら、僕たちは義兄弟になるわけですしと続けると、桑嶋はまだとだけ答えて今日は自分も休みたいと言われた。
まだ?
その言葉にかなりのひっかかりを覚えたが、何もいう言葉がない。
「わかりました。……兄をよろしく頼みます」
よろしくなんて他人に頼みたくない。
僕なんてあの人に近づくことすらできやしないのに。簡単に触れることが出来るだなんて、許せない。
胃の中から迫り上がる吐き気。
あの人を汚すだなんて、誰であっても……許せない。
絶対に。
桑嶋と兄とのバディを一刻も早く解消しなくてはならない。
手遅れになってはいけない。
僕は兄の出している完璧な報告書に穴がないか、つけ入る隙がないか必死に探すが、どんなに読み返してもどんなに探っても落ち度はない。
データを探るのをやめて、どうしたもんか一日中考え続けた。
兄が1人でいることは、かなり危険なことなのは知っていた。本当にどうしようもなくなったら禁忌だなんて、両親も言わないだろう。
結婚していたとしても、情人として囲わせてくれるだろうと目論んでいた。
再三に渡って兄が見合いを繰り返しているのは、両親の行動を見ていればわかった。いつでも、兄が一番大切だと考える両親だった。
それは、他の親達は検査の前後で態度が変わるというが、僕にもわからないくらい彼らは変わらなかった。
それは兄が優れた人で、Ωだということは障害にならないくらいの能力の持ち主だからだろう。
早くつがいを与えて、兄に跡を継がせようとしてαとばかり見合いをさせているのは分かっていた。
だけどαのようにプライドの高い人間たちには受け入れられることはないと、僕は安心していた。
安心していたのに、今、危険信号が点っている。
自分がαの女性と結婚することに承諾したのも、いずれ、壊れた彼を手に入れられることを期待してたからだ。
桑嶋は、危険だ。
αであっても、孤児となり庶民に育てられた。
あの人が優れていても、プライドを傷つけられることはない。
あいつは、危険だ。
Copyright 2005- (c) 2018 SATOSHI IKEDA All rights reserved.