Master
16
日は既に昇りきっていて、小鳥のさえずりや虫が鳴く声が聞こえ始めるのを聞いて、ルイツはため息を吐き出し硬い木のベッドから身を起こす。
朝になってもガイザックが戻ってこないのは、今までにはなかった。出て行く際の様子が様子だっただけに、ルイツはいてもたってもいられない心地で宿屋を出た。
俺には抱かれたくねえってどういうことだ。
自我を保つための辛さを味あわなくて済むはずだ。そりゃ辛いのには変わりないだろうが、今より楽になるはずなのに。
そこまでの意地を張る理由があるのだろうか。
初めて拒否したのは確かに自分の方だが、無理してまで意地を張り続ける理由などないはずだとルイツは思い拳を握り締める。
女性の体だったらいいのにと言い出すくらいなのに、意地を張る理由なんて考えつかなかった。
ルイツは難しい顔をしながら、連れ込み宿通りを隈なく探そうと目を凝らす。
「どこいっちまったンだよ、くそ、あのオッサンは」
どこからどう見ても、まったくオッサンには見えない姿を探す。
あれだけの美貌だ、目立たない訳はない。
それに、剣を持って出て行ったのだから、まさかかどわかされる心配もないだろう。
だけど胸騒ぎがする。
酷く焦りに似た気持ちでいっぱいになる。
「………そこまでだ。王殺し」
背後から音も無く近づいてきた気配に、ルイツは振り返った瞬間、目の前が真っ赤に染まった。
ガンガンに鳴り響くのは、危険を知らせる警鐘。
咄嗟に脇に下げていた剣を引き抜くも、顔半分をやられているのか視界が暗くて殆ど相手が見えない。相手は3人か。いずれも手練の騎士団員だ。
「生け捕りにして処刑することを新王が望みだ」
胸元へと標的を定められた剣先が、血で霞む目に飛び込む。
ここで死ぬわけにいかない。
死んで政府のやつらに主が移ってしまえば、あの人はまた囚われ、もう二度とは逃れられないだろう。
「……死ぬわけにはいかねえ」
目の前の剣を振り払って、腰を屈めて相手の足元を狙って剣を振るい突き刺す。
足を刺された相手は、ルイツの剣を握りその動きを封じ、背後からもう一人の騎士が頚動脈へと剣を宛がう。
クソ…ここまでか…… 。
「これ以上反抗しても無駄だ。大人しく貴様は処刑台へあがるんだ」
畜生……俺は弱すぎる。まだ、俺は……。
「おっとご主人様ぁ、ちょっと血ィ流しすぎ。オレの今日の分のゴチソウとっといてくれよ」
その場にそぐわない、のんびりとした人を食った独特のからかうような声が響くと同時、突風のような黒い影が現れる。
カランカランと乾いた音をたて、ルイツに宛てられていた騎士の剣が折れて舗装された石畳に転がる。
ルイツの肩に腕を置くと、ガイザックはこめかみから流れる血液を舌先で舐めあげ、
「オマエねぇ、宿で大人しく待ってろよ。大体オマエは狙われてるんだと何度言えば分かる?」
低い声で少し怒っているような表情を浮かべて、ガイザックはルイツを睨むも、目の前に立つ騎士を眺め肩を聳やかせる。
「手前等の剣じゃオレには適わないぜ。今なら特別キャンペーンで見逃してやってもいい」
「若造が何を言う。……その王殺しを引き渡せ」
引く様子が無いのを見て取れば、仕方がないとばかりに手にしている剣を構えなおす。
「ならば、地獄への手土産に見せてやろうか。オマエたちの命を絶つ剣技を」
「笑止」
騎士たちが剣を構えた瞬間、赤い血しぶきがあがりどさどさっと石畳に倒れこむ。
騎士たちも何が起こったのかわからぬまま、次々にバタバタと絶命し倒れこむ。
ガイザックの剣には、血はついてはいなかった。
その太刀筋の速さに剣先に血がつく前に、すべて切り伏せたのだ。
何でもないように、その剣を腰にさげると血まみれのルイツを眺め、ほっと息を吐き出す。
「オマエの血の匂いがしたから、慌てて飛んできちまった。ホントに間に合って良かった、さて逃げるぜ」
ガイザックはルイツの目を見て、やや疲れた表情を浮かべてぐいっと腕をつかむと駆け出した。
良く見るとガイザックの腕は鬱血したような痕があり、擦過傷で血がにじんでいる。
「おい、アンタどこで怪我したんだ?」
「ちょっとタチの悪いヤツら相手にしちまって、拘束されて輪姦されてたから、助けにくるの遅くなった」
気まずそうな表情を浮かべて掴んだ腕を凝視する相手に何でもないとばかりに笑い浮かべる。
「拘束って……どうやって抜け出してきたんだ?」
「オレを誰だと思ってンの?そんな鎖くらいは、ちょっと力入れたら砕けるっての」
心配するだけ損したってわけだな。
ルイツは化け物を見るような表情を浮かべて、隣を走るガイザックを眺めて深く吐息をついた。
多分常識で考えてはいけない人なのだろう。
でもこの男が無理しているのはわかるから。近いうちに答えをだすべきだ。
ルイツは決心したようにこぶしを強く握った。
もうすぐ宿に着く。着いたら俺はやらなくちゃなんない。
もう、無理はさせられない。
「おい、アンタ……ガイザック。俺、アンタを抱こうと思う」
掴んでいた腕を、ガイザックはふいに離して、剣呑な表情でルイツを睨みつけた。
「オレは……死んでも嫌だ」
死ねない体の持ち主は、ルイツの目を見かえして意志の強い表情を浮かべて断言する。
「決めたんだ、オマエとはやんねえって。最初からそういう約束だ。守れない約束など、オレは、絶対にしない」
ガイザックの頑なな言葉に、ルイツは目を瞠って首を横に振った。
意識を保っているのがやっとといった感じなのに、揺るがない心の強さは半端ない。
国の英雄、勇者、救世主。そんな肩書きを背負って生きてきて、苦しんでいたとしてもそのへきりんも見せない。
ルイツはガイザックの腕を掴み返して、宿の扉を開き部屋へと向かう。
壊れてしまってからじゃ遅いのだ。
「聞いてるのか?」
「聞いている。俺はまだ弱ぇ。まだ、アンタが必要なんだ。アンタのプライドを守るために心中するのは真っ平だ。アンタが嫌でも、俺はアンタを犯す。アンタは俺を傷つけられない。だから抵抗もできないんだろ?」
ガイザックは立ち止まり、部屋の扉に視線を投げて、困ったような顔でルイツを見返した。
「……オマエ……、ハッ、ガキのクセに優しすぎだ。でも、もっと腹減るまでその切り札はとっといてくれ。今は大丈夫。次ハラ減ったらいうからよ」
今までに見せたことのないような、気弱な表情にルイツは握った腕をそっと離した。
「それによ、最高の食事ってもんは、死ぬほどハラ減ってからのほうがうめえしな」
天井を仰いでいつもの能天気な調子でガイザックはのたまい、ゆっくりと部屋の扉をあけて中へと入っていった。
……全部呪いのせいにしちまえば楽になれるだろうに。
この気持ちは、多分……同情だけじゃない。
ルイツは深くため息をついて、ガイザックの後を追うように部屋へ入っていった。
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