Master

15

ルイツは目の前でスープを啜りながら話す男を、目を丸く見開いて見返した。
話している内容に、信じられないとばかりに手にしていたスプーンを取り落としそうになった。

「せめて呪術で体変えるならよ、こー、胸にでっけえのばいんばいんっと欲しかったンだよなァ。男の体のままってのがよォ」
目の前の男は、男とは言えど綺麗な顔立ちで黙っていれば彫刻のように美しい男である。
話している内容と、目の前の男の姿にあまりにもギャップがありすぎる。
「アンタは……女の体だったら、それに耐えられるのか?」
スプーンを持ち直しながら、相手の顔を見ないようにして自分もスープを掬ってずずずっと飲み始める。

こいつの中身はただのオッサンだ。気にしねえようにしよう。

「んー、耐えられるかどうかっていうんじゃなくてよ、いや……こー、でっけえ胸があったほうがオレも愉しいし」
「ちょ、それだけか!!」
ルイツは思わずぶっと飲んでいたスープを噴出し、目の前の美丈夫をマジマジと見つめる。
いつでも状況を楽しもうとする性格なのは分かっているつもりだったが、この人は根本的に脳みその配線がずれまくっている。
だからこそ、普通の人間が絶望するような状況でも生きていられるのであろう。
目を見張るルイツを面白そうに眺め、自分の胸元を撫でてふっと笑うと、

「それによ、女の体ならオマエも抵抗なく抱けるだろ………」

少し片眉をあげて言葉を紡いでから、自分の失言に気づいたのかガイザックは綺麗な髪をぐしゃっとかき混ぜて口元を手で覆った。
主人と性交渉せずに、自我を保つことは精神的にしんどいのだろう。
ルイツはガイザックの本音に気づき、拳をちいさく握りこんだ。
「あー、今のは、なしだ」
ある意味責めているともとられない言葉に、彼は何故か後悔したような表情を浮かべる。
「…………辛いのか?」
無意識に言葉に出るほどには、参っているのかもしれない。
盗賊団を抜けて、そろそろ二ヶ月になる。馬代が稼ぎきれていないため、近隣の町を徒歩で移動している。
血や唾液は与えたが、まだ性交渉はしていない。
「……前の主人とヤったのが、半年前だ。こんなに空けたことはねえから……」

辛くないとは、ガイザックは否定はしなかった。

「体液もらってりゃ意識は保つから、気にするな。そんなにやわい精神力じゃねえよ」
同情はいらないとばかりに、ルイツの視線を振り払いパンをスープに浸してもくもくと食べ始める。
「アンタ、無理なら無理って……」
「……うるせえ……。オマエも中途半端に優しい言葉かけんな」
言い募ろうとしたルイツの言葉を、いつになく語気荒く止め暫く迷うように視線を揺らし
「悪い。…………八つ当たりだ」
ガイザックはため息のように大きく息を吐き出して、軽く顔を覆う。

「それでもオレがもし狂ったら、どっかに売り飛ばしてくれ。その前に、オマエにオレの剣技すべて叩き込んでやるから」
「ソレ……本気で言ってンのか?」
何故か突き放されたような気持ちで、ルイツは心が痛む。 それと同時に憤りが湧き上がる。
お前の助けなど要らないと拒否されたような、隙間風が通り抜けるような気持ちだ。

ルイツは眉を寄せて、ぐっと握り締めた拳をがつっと机に叩き込んだ。

確かに最初は嫌悪感しかわかなかった。だけど嫌悪しているだけなら、同情だけで一緒に旅などはできない

……伝説の英雄。

国賊といわれ追われた国民の英雄。憧れだったからこその心の抵抗だ。
本心ではないだろうが、だが八つ当たりしてしまうほど追い詰められているのは確かだ。
呪いの力は絶大だ。

彼の強靭な精神力だけで保っているのも確かだろう。
心が弱れば、思考もマイナスの方面に向かう。

「オマエを責めてる訳じゃねえよ」

「そんなこた分かってる。アンタ見捨てて売り飛ばすような男に思われてるのか、俺は」

ルイツはギリギリと奥歯を噛み締めるように言葉を紡いだ。
ただ抱くだけの話だ。見目も麗しい英雄を。

「アンタは強すぎンだよ。弱音吐いてもいいんだ」

初めて会ったとき、王を殺して主人になった俺に、自我を失ったまま犯してほしいと哀願した。
そのときは嫌悪しか抱かなかったが、そこまでにならなきゃ、弱音すら吐かないのだろうか。

「違う」

覆った腕をどけて、ガイザックは首を横に振る。

「ルイツ……、オマエが優しいヤツなンは分かってるさ。そこにつけこむ隙だっていっぱいあるけどな。それをやっちまったら、オレがオレでいられなくなっちまう」

苦悩に満ちた表情や口調が今までになく弱っているのが分かる。
いままでそこまで間をあけたことがなかったというのは、どうなるか分かってなかったということ。
体液だけで大丈夫だというのは、彼の誤算だ。

「もう……本当はやべえンだろ?本当は。そう言えよ」
ルイツは立ち上がり、ガイザックの椅子の横に回ってその腕を掴む。
ガイザックは目を瞠り、ルイツを見上げぐっと唇を噛み締めると、掴まれた腕を払った。

「触ンな。オマエには抱かれたくねえ、ちょっと出てくる」

ガイザックは椅子を蹴るようにして立ち上がり、部屋の壁に立ててある剣を脇に刺す。
「ンな遅くに何処いくンだよ」
「……ケツから栄養補給だ」

ルイツは颯爽と出て行くガイザックの姿を見送り、深く息を吐き出した。

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