Master
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その後、彼はなんとか逃げ切り盗賊の頭に青年と奪った装飾品を手渡してアジトに戻った。
どうやら俺が、天蓋で殺した男が王だったということを聞いたが、困ったことになった。
王殺しか……。
この国での大罪であり、捕まれば極刑である。
王の死の情報はは大陸を駆け巡り、国中の軍人たちが“王殺し”を探しているらしく、街の雰囲気ものものしくなっている。
まあ、こんな乱れた国の政治をおこなっている男だから、殺されて当然だ。
俺は大罪を負ったといっても、後悔もなかった。
王の亡き後、王弟が時期王候補となっているらしい。
即位式は一年の喪が必要である。一年後の即位式までに、俺達の再度政府を潰すための作戦を練らなくてはならない。
それなのに、盗賊頭のケイルや、その他の幹部たちは俺の持ってきた淫売に夢中になっているらしく、毎晩狂乱の宴を楽しんでるらしい。
中枢にいる奴らだけしかその実態はわからないらしいが、頭たちのバラックから毎晩あられもない男の声が響いてきているのは確かのようだ。
そんな時期じゃ…………ねえだろ。というのが、俺の気持ちだ。
下っ端の意見など通る筈もなかったが。
ただ、俺は頭のケイルを尊敬していたし憧れてもいた。
そんな安っぽいことに夢中になって、本来の目的を忘れるような男だとは思いたくなかったのだ。
『………おか…してくれ……』
あの夜懇願した青年の切羽詰ったような顔が、彼の頭の中で思い浮かぶ。
綺麗で妖艶な男だった。
あれで女なら、俺も喜んで据え膳を食っただろうが。
「ルイツ、かしらが呼んでるぜ」
ごろごろと不貞腐れて、自分の布団の中でねっころがっていた彼を、一緒に入団して一番仲がいいハイムが肩を叩いて揺する。
赤毛に無精髭を生やしたハイムのがっちりとした男前の顔を眺めて、彼は幾分気だるそうにむくりと体を起こした。
「かしら、あの男に夢中なんじゃねーの?」
「しらねーよ。必死な顔してたからさァ、正直どうなのかと思ったけど」
ハイムは、首を傾げて幹部たちのバラックを見やり、心配そうな表情を浮かべてルイツを見返す。
情に厚い信用できる仲間だと、ルイツはハイムのことを思っているだけに、気持ちは正直に告げる。
「アニキたち、楽しんでるって感じじゃねえンだよな。アイツ、何者だ」
ハイムは小さい声で呟きルイツの顔を見返して、答えをさぐろうとする。
「知るかよ」
枕元に置いてあった剣を掴んで、ルイツは渋々と立ち上がりハイムの横を抜けて、自分のバラックを出る。
正直、あの男がどうなろうと俺の知ったことじゃねえ。
淫売など、触れたくもない。
少し遠慮がちに幹部たちのバラックへ入れば、あの男の淫らなあえぎ声が隠すこともなく聞こえてくる。
……俺も仲間に入れてやろうってか。
戦利品の味見でもさせてやろうってか。
何考えてンだよ。かしら。そんな、ちっせえ奴じゃあなかっただろ?
「ルイツ、悪いな…」
すぐにルイツの気配に気づいたケイルは、半裸の格好で、脇に剣だけぶらさげてゆっくりと近づいてくる。
蒼白な表情で、何故か焦りが見え隠れしている。
とても行為に没頭しているような余裕のある顔ではなかった。
「お願いだ。彼を助けてやってくれ。俺たちじゃ……彼を救えなかった」
周りを囲む幹部たちは、一様に同じような悲壮を漂わせた表情でルイツを見つめた。
……助ける?
どういう……ことだ?
頭の口から紡がれる奇妙な言葉の意味がわからず、俺は立ち尽くし、バラックの奥で幹部の男に組み敷かれた美しい男を眺めた。
「どういうことだ?」
掠れた声を、ルイツは吐き出して、周りの連中を眺めて目を見開く。
必死な幹部連中の顔を見て、この青年が彼らにとって普通の淫売ではないことは、ルイツにも判断がついた。
ただ、一様に何かを隠したがっていた。
今までに見たこともない表情を浮かべたケイルが、下っ端風情のルイツに頭を垂れて縋るような瞳で見つめる。
背筋から戦慄のような震えが脳天まで突き抜けるような感覚を覚えつつ、ルイツは頭であるケイルを問いかけるように見返した。
何……だ。この男は……。何だというのだ。
「呪いが掛かっているんだ。主人の体液を与えられなければ欲望に狂うように。主人は王だった、王が殺されれば殺したものが主人となる」
静かに口を開いた、首領の顔は必死なほどルイツに救いを求めていた。
だとしても……何故? 何故、この男がかしらに関係するのだ。
「俺が、こいつの主人だっていうんですかい?待ってくださいよ、いくらアンタの頼みでも、俺、男なんか抱きたくねえですよ。大体、そんなことかしらが俺に頼むのはおかしくねえですか。大体、こいつはアンタの何なんですか?たかが、男娼のために、アンタが俺に頭をさげるなんて……」
言葉を聞いた循環、ケイルの顔が歪む。
苦痛を伴ってルイツを憎悪に近い瞳で見つめる。
「どうしてもか?ルイツ……俺がこうして頭をさげても断るというのか」
静かだが意思のこもった響きと気迫に、ルイツは身を強張らせる。
多分、あれだけ美しい男であれば、誰しも抵抗も無く抱くことはできるだろう。
けれど、頼まれたからだけで、俺は男を抱く趣味などはない。
「だから、何故アンタが……」
彼の問いかけを無視するように、ケイルは首を左右に振って口を開く。
「じゃあ……お前に死んでもらうしか………ないな」
ケイルが、一瞬の猶予も無く俺に剣を抜いて突き出したのを、慌ててすんでのところでかわしルイツは目を見開く。
あまりの剣の鋭さに避けきれず、肩から血が滴り落ちて床を汚す。
ルイツには、ケイルがここまでする男の正体が分からなかった。
「……おっかしいぜ。かしら、俺よりその淫売を選ぶのか」
声をついて出た言葉が、泣き声を孕んだようにゆがみ、彼は信じられないようにかぶりを振る。
尊敬していた………。信頼もしていた。
ぽたぽた肩を伝っていく血の雫が零れ落ちていく。
くそ…… 。
また、捨てられた。
俺は、この盗賊団から捨てられたのだ。
脇にさしていた剣を抜いて、彼はぐっと強く握った。
どうあがいても……死にたくなかった。
ケイルは目を伏せて覚悟を決めたように、ルイツにおどりかかってきた。
剣筋は美しく、ルイツも何度もかわしたが反撃する隙がなかった。
ジリジリと少しづつバラックの奥までルイツ追い詰められていく。
大陸一の剣士ガイザック・スネイクの弟子だったケイルの剣技だ、俺は勝てる見込みなど…………まるっきりない。
何でだよ…… !!!
あんたを尊敬してたんだぜ。ケイル。
俺は、いつか、あんたやガイザックみたいになりてえって思ってた。
ケイル……なんで、あんな淫売のために、俺を捨てるんだ。
涙で視界が曇る。
バラックの奥で情事に耽っていた男の体につまずいて、剣を落とし、俺は尻餅をつき背後へと尻でずりさがる。
壁際へとルイツを追い込んで振りかぶられる、ケイルの剣先の光。
俺は……ここで死ぬのか…
こんな……死に方は嫌だ!!!!
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