Master

6

ガシャガシャと金属の音が耳に木霊して、目を瞑って死の衝撃を彼は待っていた。

が 、
いつまでたっても、彼にはその瞬間は訪れなかった。

傷ついた肩をゆっくりたどって、ぴちゃぴちゃと濡れた音と血を啜られる刺激だけ感じ取れる。

ゆっくりと、つむった目を彼は開いた。
目に飛び込んできたのは、床に刺さった折れた剣の残骸。
呆然として目を見開いたまま立ち尽くす、ケイルの顔。
そして、俺の肩から溢れる血を舐める美しい男が、俺が落とした剣をもっていた。

「ガイ……、ガイザック………」

小さく震える唇を震わせたケイルに、青年は血に塗れた唇を舌先で舐めながら口角をクイッとひきあげて、
「………っと………遅くなっちまった。たでぇま、ケイル」
美しい男は全裸のまま、血を啜ったことで満足したのか、ルイツからするっと手を離すと、ケイルへと近寄っていき、
「再び、オマエらに逢えて嬉しいぜ」
ケイルの頭を撫でて、まるで子供にするような仕草で額に口付けを施した。

ガイ……ザック。

ケイルは確かに、そう呼んだのだ。
ケイルの前のかしらの名前、国一の大悪党で大陸一の剣士、ガイザック・スネイクだというのか。

ルイツは信じられないように、幹部たちが涙を流して、喜びをかみ締めているのを驚いたまま傍観する。

馬鹿らしい。
俺はそのために、捨てられたのだ。

「俺…………今日を限りで、一味を抜けるぜ。世話になったな、悪いけど」

この悔しさが分かってたまるか。
そりゃあ 俺なんて替えのきく特攻隊だろうけど。
ガイザック・スネークだっていうなら、俺なんかを切り捨てても救いたい理由になる。
分かってはいたが、異常に悔しかった。

「ルイツ」
ケイルの表情が変わり、ルイツを止めようと怪我した腕を掴む。
「すまなかった……、俺は、彼を救って欲しくて……」
「謝ってすむ問題じゃねえだろ?あんたらは俺を切り捨てたンだ」
信頼のおけない首領の下につくことはできないとばかりに、ルイツは腕を振り払う。
ケイルの顔は歪み、こぶしを何度も震わせる。

殺されそうになった首領の下になど、つく程俺はお人よしでも馬鹿でもない。

踵を返して、バラックを出ようとルイツが振り返った瞬間、全裸の青年にいくてを遮られた。

「ふうん。ルイツ、ってぇのか。あんたが王を殺して、オレをつれてきたのは、ぼんやりだけど覚えてるぜ。王を殺したなら、あんたがオレの主人だ。オレを抱けとは言わねえよ。ちょっと体液を時々飲ませてもらえりゃあ、なんとか正気は保てるし、問題ねえ。殺しは重罪だ。捕まればお前も俺と同じ運命をたどるか殺される。お前の事………このオレが守ってやるよ、大陸一の剣はまだなまってねえと思うぜ」
裸のまま男は臆面もなく、自信満々名表情でルイツの目の前に立つ。
ガラスの様だった瞳には色が蘇り、綺麗で妖艶とだけ映った顔も表情が戻り、元々の性質なのか、挑発するような人の悪そうな顔つきに映る。
まるで先ほどとは、別人だ。
綺麗な顔は真剣だが、どこかルイツ反応を楽しむような口調でもあった。

大陸一の剣士………ガイザック・スネイク。

一太刀振って、ケイルの剣を折って使い物にならなくしてしまったほどの腕である。

「政府は、高位の呪術師も抱えている、オマエの居場所なんか直ぐに知られンぜ。いや、もう軍が向かってるかもしれねえな。のこのこ一人でここを出て行けば、まあすぐに捕まるな」

どうするかと問いかける男からは、妖艶だった表情は既に消えて、百戦錬磨の男の眼差しにルイツは怯んだ。

確かに、この男のいうとおりなのだろう。
「体液………だけでいいのか?」
確認のようにルイツは再度男に問いかけた。
伝説の男は頷き、ルイツに腕を差し出した。
「オレは、ガイザック・スネイク。宜しくな、ご主人様」
どこか人をからかうようなガイザックの口調に、惑わされながらもルイツはその手を握り返した。

「ご主人様とか、全然敬っているようには聞こえないンだけど……」
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