オレ達の日常
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「おォ、久しぶりだな。ナズも元気か?」
東山は、少し身体を引いて波砂に空間をあける。
俺と波砂が去年まで付き合っていたことは、それなりに有名ではある。
「そうね。元気よ。髪染めるとかなり印象が違って、大人っぽく見えるね。カッコイイよ」
波砂は素直に褒めてくれるので、何だか気恥しくなって視線を逸らす。
「アリガト。んで、何しにきたんだ?」
首を傾げて何事かと問い返すと、途端に頬をふくらませてヒドイやつねと返される。
何かしたか?
「彼女はやめたけど、別に友達やめたわけじゃないんだから、たまには話にきたっていいじゃない」
康史の親戚だけあって、波砂は女にしては物怖じしない。
だから、俺でも付き合っていけてたんだとは思う。
「そうだけどよ……。あ、ナズは、大学受かったのか?」
「まあね。×■大学だよ。ここからは遠いから、下宿するんだ。なかなかあえなくなっちゃうから、ちゃんと言っておこうかなって」
わざわざ知らせにきたのか。
携帯とかもメアドも変わってないのにな。
「あ、ワザワザ言う事じゃないって顔したでしょ。ホントにひどいやつだよね。東山君もそう思うでしょ?」
東山に意見を求めて同意しか認めないような顔をする。
「そうだなー。こんなに可愛い金森さんを袖にして、男に走る東流より、俺にしない?」
ここぞとばかりに、自らを東山はアピールする。
「袖にはされてないわよ。私から振ったんだよ」
「そうだ」
「まあ、ヤッちゃんばっか見てるから、腹がたって振ってやったんだけどね」
どのみちヒドイやつなのよ、と付け足されてまったくいいとこなしだ。
「こうやって、私がお知らせにこないと、自分から連絡しやしないんだし、簡単にポーンと忘れられちゃうからね」
波砂は俺の額をツーンと指で突っつく。
「波砂、どうしたの?」
康史は撮影会を抜けてきたのか、いつの間にか俺と波砂の間に割って入る。
「あ、ヤッちゃん。心配になっちゃった?ふふふ、ただ、進路を教えにきただけだよ。ヤキモチ妬きさん」
面白がるような波砂に、康史はちょっと舌打ちをする。
流石に親戚なので、周りにするような猫かぶりはしないようだ。
「ヤッちゃん、最近お母さんのとこにいかないから、すっごく寂しがってたよ。たまには、会いにきてあげてよ」
「分かってるよ、たまにはいく」
康史がしぶしぶ答えるのを聞くと満足したように、波砂は手を振って、ポニーテールを跳ねさせて教室を出ていった。
「案外、顔に出るんだな。日高って、もっと余裕そうだと思ってた」
東山が波砂が去る背中を見やりながら康史へと、言葉をかける。
「な、にが?ヒガシ」
康史の顔がちょっと機嫌悪さが表に出まくりの、剣呑な表情になっている。
「まるっきり、嫉妬深さを出しまくり。ホント。もっとクールな王子だと思ってたのにさ」
「王子ねー、あんま、それ俺に似合わないよ」
東山にいいながら、座っている俺に視線を落とす。
「波砂と、何話してたの?」
「いや、県外にいくから下宿するってくらいだぞ。ヒガシも一緒に話してたし。なんだよ、心配してんのかよ…………」
馬鹿だなと思いながら、腕を伸ばして頬に軽く手をやる。
心配そうな顔は好きだけど、そういうのはいらねえな。
「心配ではないけど…………ちょっとイラッとしただけ。予行終わったら、お仕置きだからな」
低い声で告げられて、
「ちょと、まてまて、ヤス。俺ァ、ナズと話すだけで毎回お仕置きとかはイヤだぞ」
思わずガバッと起き上がり、思わず声をあげてしまい、周りの様子を見回して声を少しひそめる。
波砂は今じゃいい女友達だとは、思っている。
「ま、というのは、きっかけなだけ。最後に、学校でしたいなあって…………だめかな?」
甘えるように伸ばした俺の手を掴んで、可愛い顔で目をキラキラと潤ませてお願いされたら、なあ。
うーん。
迷うように視線をさまよわせると、康史は掴んだ手に唇をチュッと押し当てる。
「トールと、学校での思い出、もっと欲しいな」
ドン。
これは、断れねえよな。
まあ、バレなきゃいいか。
「予行、終わったら…………な」
ついつい、承諾してしまうのは、本当に俺は康史に弱すぎる。
「OKしちゃうんだ…………」
全部聞いていた東山が、俺らを見やって嘆息しているのを横目に、康史がしてやったりといった表情を浮かべているのを見て、俺はまたやっちまったなと、1人机に突っ伏した。
眠いなと思いながら、康史が読み上げる答辞のさわりを聞いたり、順番を確認する作業はひたすら、暇につきた。
まあ、普段なんの力にもなっちゃいねえんだけどな。
漸く予行が終わり、教室へ帰ると簡単なHRが開かれ担任が卒業式の説明を聞いたり、成績表を先に渡されたりする。
まあ、適当に喧嘩しまくってて何をしたわけでもねえけど、卒業だけはちゃんと出来て良かったよな。
ぼんやりしてると、机の傍に康史がやってきて、小さい鍵をチャラチャラさせている。
「理科準備室の鍵、借りたから、いこ?」
「誰に?」
「えーと、…………うーんと、化学のユリエ先生」
歯切れの悪い口調でモゴモゴと白状する。
美人で有名な化学の先生である。
コイツ、前にその女に手ェ出してたよな……元カノ使うかな。こいつこそお仕置きの上で万死に値するんじゃね?とか思う。
まあ。使用目的大体分かってるのに、鍵を貸す先生も先生だよな。
「分かってんよ。別にオマエ疑っちゃいねえ。細けえことは、気にしないしな。うら、いくぞ」
俺は椅子を蹴るようにして立ち上がると、康史の腕をぐいとひっつかむ。
最後の思い出ねえ。
まあ、俺はいつだって、康史と一緒にいたし、それが中学だろうが高校だろうが別にどこでも一緒だった。
「トール。チョッ、いたい」
「悪い」
少し強く握り過ぎちまったかな。
理科準備室は、地下1階の薄暗い隅の部屋だ。
階段を降りていく間に、俺の気持ちはそっちの方にシフトしていく。
なんだかんだ、流されやすいってのはあるけど、全部コイツの願いだからだ。
準備室の前にくると、俺は鍵をあける康史の後ろについて、薄暗い部屋の中に入った。
康史は、俺が中に入ったのを確認すると後ろ手で鍵を閉めて密室にした。
「学校でとか、メッチャ興奮するな」
背後から俺の胸元に腕を回して抱きついてくる康史に、俺は鼻先で笑う。
「馬鹿だな。場所なんか関係ねえよ。俺ァ、ヤス、オマエとヤるのは、どこだって興奮してんだよ」
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