オレ達の日常

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ああ、あったかいな。
大きな胸板は、俺のお気に入りの場所だ。
さっきは気を失った東流の身体を引きずって、なんとか運んだからついつい疲れて寝てしまった。
うっすらと目を開いて少し見上げると、じっと1点を見つめてぼんやりとしているようだ。
下から覗きこむと、顎のラインとかひどくセクシーでカッコイイ。

「起きたの、トール」

声をかけると、驚いたように身体をびくんとさせて俺に視線を下ろす。
ちょっと赤らんだ目元と、揺らいだ心許ない表情。
考えるなんて向いてないのに。
また、無駄なことをしてるね。

「泣きそうな、ツラしてる」
俺は東流の背中へと腕を回して、そっと宥めるように撫でる。
「ンなこた…………ねーよ」
頭を掻いて視線をそらす。
嘘だな。すぐに分かる。
きっと、東流のことだから、俺との子供を作れないってことを引きずっているのだろう。

だけど、そんなもの、俺の長い期間の片想いに比べたら大したこてはない。

ぷいと顔を背ける東流の頬にそっと手を伸ばす。

「思い出したこと少ないけどさ、いつだって、俺はトールといれたら幸せだから、この1年はきっとすげー幸せだったんだろうなって思う」

何も無かった俺が、気がついたら1番欲しいものを手にしてたなんて幸せ以外のなにものでもない。
「俺だって、幸せだぜ。だから無理に思い出そうとしねーでいい」
伸ばした手でそっと東流の顔を指先でたどる。
1番思い出したくないことを思い出したんだから、ぜんぶ、思い出したいけどね。
でも、そんなことより。

「俺もトールの全部の記憶を俺で書き潰したい。……トールの人生、全部ほしいんだよ」

ズルッと身体を引き上げて、そっと東流にくちづけをする。
ぜんぶ、俺のものにしたい。
東流は、俺から少し顔を離してじっと見返す。
しばらく押し黙り、俺に告げた。

「ヤス、オマエ、俺と結婚しろ」

あ。

ああ、俺は同じ言葉を聞いた。
それは、いつだ。
声が反響する、風呂場で、東流は言った。
同じ言葉を、俺に。

堰を切ったように記憶の奔流が頭に流れこむ。
あの時。
そうだ、俺はこたえたんだ。

「はい、で、yesだよ。トール」

あの時返したと同じ言葉を、俺は万感を込めて東流へと伝えた。
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