オレ達の日常
87
俺は飯は作れないから、夕飯は誠士に電話で頼んで買ってきてもらうことにした。
もう、運んできてからは5時間経つのに、康史はまったく起きる気配がない。
生きていることが分かって安心したが、目を覚まさないのは心配だ。
病院に連れていくのが、いいのか?
しかし、輪姦されたとか、医者に報告とかしたら警察沙汰になるしな。
それは、報復をした俺もただじゃすまなくなる。
まあ、俺だとしても初めてヤられた時は、体力消耗しまくりだったしな。
康史は俺ほど体力はねえし、あの数にひどい目にあわされたり当然かもしれない。
何人にマワされたのかしらねえけど、かなりHP減ってるだろうしな。
まあ、あそこに居たやつ全員なんてことはねえだろうけど。
それにしても、あいつら全員康史の裸をみたり触ったりとか許せねえな。
そんな記憶なんか失くすくらいに、もっと奴らをひどくぶち叩いておけばよかったかなァ。
どうしたら良いかとか、よく分からないまま俺はベッドサイドに凭れて、手持ち無沙汰にスマホをいじる。
「…………トール……?……どうしたんだ……アタマ血まみれ……だよ」
わずかに掠れた声が近くでして、俺は慌てて康史の方に目をやる。
夢心地のような表情で、目を覚ました康史は目を見開いて俺の顔をみるなりびっくりした声をあげる。
どうしたって、いわれた俺がかなりびっくりなのだが。
「ああ…………ちっとバイクで扉突っ込んだときに、メット割れてで切っちまった」
どう切り出そうかと悩みつつも、すぐに返答を返してさぐるように康史を見返す。
人の心配なんかより、オマエのほうが大丈夫なのか?
「え、トール?どこで扉なんか突っ込んだんだよ、なにしてんだよ、大丈夫か?」
心配そうな顔で覗き込む彼は、いつもの康史だった。
なんだかいらん心配だったかと、ほっとして、俺は康史の頭に手を置いた。
「俺の心配はいいからヨ、ヤスこそ体…………は、大丈夫か?…………やつらはぶっ潰したからさ、オマエはなんも気にするんじゃねーぞ」
直接的なことを言って、傷をえぐらないように少し遠まわしに安心させるように言ってみる。
自分だったら許せないなと思っていたが、実際、康史を目の前にしてみると、そんなことはなく、1番傷ついているのは康史なのだと思い、いたわりたいキモチでいっぱいだった。
康史は不思議そうな表情で、俺を見て首を少し傾げ不審がるような口調で、
「…………ヤツラって?今日の喧嘩の相手?」
まったくわからないといった表情をして、少し不安そうな表情を浮かべる。
「そうそう、喧嘩相手だけど……って…………ヤス、覚えてねえか?……別行動してて、オマエ、襲われたんだけど……」
なんだか、話しが全然わかっちゃないようだ。
起きたばかりで混乱してるのか。
まあ、思い出したくもねえだろうしな。
「ん……ちょっとなんか、……記憶あやふやになってるかもしんない。なんか、わかんない」
ショックが大きすぎたのだろう。
そりゃそうだろう。
後ろの経験無いのにいきなりマワされたんだ、記憶があやふやになってもしかたねーな。
「まあ、明後日は試験だからな、明日の予備校はどうする?……ちぃと体きついかもしんねえけど、俺、できる限りサポートすっし、明日は予備校までバイク乗せてくぞ」
つか、嫌がっても、これからは着いて行こうとは思っている。
あんな思いはもうしたくない。
「試験?」
眉を寄せて眉間に皺をつくり、わけがわからないといった表情を浮かべている。
あ。思ったより重症なんだろうか。
もしかして、アレか?記憶喪失か?
「なあ、ヤス、俺が誰だかわかってる?」
すると、康史は馬鹿じゃないかといった風情で視線を返してくる。
「何言ってるんだよ、トールに決まってるだろ?名前も呼んだし。とりあえず、オマエ、頭痛そうだから頭手当てするから」
俺が、誰かはわかっているようだ。たしかに起き抜けに名前呼ばれたし。
康史はよっこらせとベッドから体を起こして、少し眉を寄せて辛そうな表情をしたが、気を取り直したように救急箱をとりにいった。
今は、ショックでちょっと混乱してるんだろうな。
それくらいのことは、俺にもわかる。
そんなことより、動ける、のか。
俺は心配になって康史の後ろをついていった。
俺は康史の後ろについて、渡された救急箱を受け取ると、浴室へ入っていくのを見送る。
自分の怪我とか、痛くないからすっかり忘れてたな。
康史が気にするくらいだから、頭は血が出やすいし結構切ったかな。
寝室に戻ると、手にしていた救急箱をベッドサイドに置く。
康史は手に洗面器とタオルを持って戻ってくると、ベッドサイドに座る。
「お湯でタオルあっためてきたから、座ってアタマ出して?」
「おう」
俺は、康史の膝の上に迷わず頭を置いた。
「なっ……いきなり膝の上とか……!?なんだよ、オマエ甘えん坊かよ!………膝枕とかしてほしいのか?」
ちょっと驚いた表情をするのがなんだか可愛くて、思わず笑ってしまう。
「ヤスにら 、膝枕されたいな、って思ったンだ」
「そ…………そう?」
ぎこちなさそうな、ちょっと照れた風情に、普段見慣れずに新鮮だなと思いながら目を閉じる。
血まみれのアタマを拭かれて、消毒液をかけられて包帯とテーピングを手際よくまかれる。
大体、いつも俺の治療は康史がやるので、手際もよくなったのだろう。
怪我も、最近じゃ大してしないんだけど。
「トールが、そんな怪我するなんて、今日は何人だったの?」
「30人くらいかな……。全然覚えてねーのかよ?」
「ああ。ぜんぜん、覚えてないんだ…………。ごめん」
「心配すんなって、俺も、昨日は激しかったから体動かなくってさ、助けにいくの遅れたし」
ひひっと笑って見上げると、まったく分かってないようなきょとんとしたような表情にぶつかる。
「昨日も……喧嘩?したっけ……?」
何度も首を捻って考えこむ康史の様子に、なんだか俺は不安で仕方がなくなる。
なんだか違和感。
「ちょっと、俺にいくつか質問させてくれ……トール」
うーんと唸って、康史は、俺の顔を暫くながめた後に、整理するように指を何回か折る。
「あ、ああ…………」
「予備校…って?俺、予備校なんか行ってるのか?試験って……………」
「大学入試……、明後日だから………」
伝えると康史は信じられないとばかりに、首を何度か振って、額に手を当てた。
「俺ら、いま、3年なの?」
「ああ……もうすぐ卒業だ」
康史の驚いた表情にぶつかる。
康史は膝で転がる俺を抱き起こして、ぐっと抱き寄せてなんだか縋るようにしがみついてくる。
「…………俺、の記憶では、今は2年の2学期だ……」
不安そうな言葉で、俺に何かに怯えたかのように康史の体が震えている。
ショックで、1年以上の記憶が消えたってことか。
「…………マジか……よ……」
2年の2学期ってことは、俺は、まだナズと付き合っていたし、康史もどっかの女の子とつきあってたような気がする。
この一年でおこったことが、すべてなかったことになっているのだ。
あまりの衝撃に俺は、康史のカタカタと震える体をただただ放心して抱き返すことしかできなかった。
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