オレ達の日常
40
「ちょっと、うるせえ。勉強中」
相変わらず生意気そうな顔をした弟は、荷物を派手にぶん投げた俺に、忌々しそうな顔で悪態をつく。
久しぶりに戻ったら、俺のベッドは既に片付けられていた。
居場所がねえ……。
「なァ、オマエ。オヤジがヤクザだって知ってた?」
机の上から覗き込むと、わけのわからない数式がノートにびっちり書き込んである。
「……ンなの、幼稚園の時から知ってるって。近所のおばちゃんたちが話してるだろ」
ンな、おばちゃんの話なんか聞き耳たてて聞くかって。
つーか、幼稚園時って…。
「普通に勉強してたンじゃ、潰されるからな。オレは、実力と才能で、潰されない大人になるって決めてるから。……ってアニキ、もしかして知らなかったのか」
意外にというか、かなり考えている弟に驚きながらも、俺は自分の拳を眺めた。
ヤクザにはなる気はなかったけれど、同じようなことをずっとしてきていた。
「ああ……。今日、知った。自信なくなっちまってよ……。ちょっと、出戻ってきた」
「アニキのベッドねえよ。捨てた」
ギシギシ言って怖かったしと続けた西覇の顔をじっと眺める。
どこか怒っているのか、イライラとした様子が見える。
高校に入ってから、以前より表情に感情が見え隠れするようになった。
「……いいよ、床で寝る」
ばたんと床に寝そべると嫌そうな顔をして立ち上がった西覇に腹を踏まれる。
地味に苦しい。
「……邪魔だからやめて。大体、自信ねえとか何?」
ゲシゲシと遠慮なく俺の腹部をけりまわす弟は、容赦がない。
別に痛くはないのだが、ちょっと苦しい。
「ヤクザに乗り込まれたら、ヤスに迷惑かける」
「らしくねえな。……ここに乗り込まれたことあったか?その辺、オヤジはすげえよ。ここまで乗り込ませたことなんかねえだろ。例え乗り込まれても、アニキなら、守れるだろ」
自信がないというのも、本物の凄みみたいなものをあそこで俺は見てしまった。
スーツに気圧されたのもあったが、オヤジクラスの男たちが一気にやってきたらと思うと勝機はなさそうだと思ってしまった。
あの、工藤なんちゃらっていうヤツも弱くはなかったし。
「………根拠ねえだろ…その自信」
「アニキに根拠なんかあったことねえだろ。大体、嫁に行ったら、簡単に出戻ってくんじゃねぇよ」
西覇の言うことはもっともなのだが、嫁ってなんだ。
確かに、突っ込ませてはいるが、それって嫁ってことなのか。
「嫁……」
「今までだって、ヤッちゃん一緒に戦ってくれたんだろ。ソレ信じてやらねえでどうするって話。惚れた男だろ、全力で命賭けるのがアニキじゃねえか」
西覇は、腰をかがめて俺の顔を覗き込む。
ちょっと男らしくなったような、どこか鋭さを孕んだ目。
「そうだな。嫁……っていうのはなんかちげえけど…。命賭けるのは、正しいな」
「惚れた時点で、アニキの弱みには違いないんだから、遠くに離れたら守れないだろ。それに、アニキはヤッちゃんと離れたくねえって顔してんだよ、さっきっから」
俺の髪をばさばさと撫でて、ふううっと吐息を漏らし
「大体、考えるの苦手なんだから、無駄なこと考えて空回りしてオレに迷惑かけないでくれる?せっかく、静かな独り部屋満喫してるんだから」
小憎らしいことを言う弟に、俺はそうだなと呟いた。
小難しいこと考えても仕方ねえ。
俺は、ヤスと一緒にいたいんだ。
命賭けるしか、ないだろう。今までのように、命張って、失わないように全力でいくしかないだろう。
のそっと体を起こすと、階段を上る音が聞こえて、部屋の扉が開いた。
「迎えにきた」
そこには息を切らせて肩を上下させるヤスの姿があった。
思いっきりオトしたのに、結構早く気がついたもんだなあと思いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「……帰っても、オシオキしねえ?」
出てくる前、何か怒ってたし、あの続きをされるのもイヤだなと思って思わず口にする。
「……するよ」
やっぱりと思いつつも、腕を引かれて軽く握り返す。
離すことはしない。
弱気になっても、俺の弱みはきっといつだって、コイツだけだ。
「じゃあ、帰らねえ」
ぼそっと呟くと、ヤスは俺の顔を上目遣いに覗き込んでくる。
この甘えるような表情に、ずっと弱い。
「……しなかったら、帰る?」
「オシオキはイヤだけど……、滅茶苦茶にされてえ」
耳元で囁くように告げた俺の腕をぐっと掴んで、ヤスはぐっと腰を抱いた。
「ちょっと、人の部屋でイチャイチャしないでください。ヤッちゃんも、しっかり首輪つけといて」
「ゴメンネ。コレもって帰るんで」
ヤスは俺をモノ扱いして、腕をずんずん引いて部屋を出る。
「お幸せにー」
上機嫌な西覇の声が聞こえたが、言ってしまった手前何されんのかなと、不安を覚えつつ家を出ると、ヤスのバイクのタンデムシートに跨った。
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