オレ達の日常=SIDE Y=
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多分30分は気を失っていた。
ぐらつく視界を矯正して、ソファーの上にばらばらになったベルトの残骸を眺めて、俺はため息をついた。
トールの行動は短絡的だから手に取るように分かる。
街に出れば喧嘩に巻き込まれて、暴力沙汰になるのは目に見えているし、かといって友人に頼るような真似はしない。
俺が言った、セイハに聞いたという言葉から、まずは実家に帰ってセイハに話を聞きに行くだろう。
部屋の机の上に無造作に置かれている単車の鍵を見れば、電車で実家に帰っているはずだ。
バイクで行けば15分くらい。
今から出れば、トールが次の行動をとる前に間に合うはずだ。
飛び出した手前、絶対に意地を張って自分から帰っては来ないはずだから。
迎えに行こう。
俺は、バイクのメットを腕に抱え、部屋を飛び出した。
実家から出ると、当然のようにタンデムシートに跨って俺を待つトールの姿に、俺は安堵の息をついた。
ちゃんと戻ってきてくれるということが、実感できる。
ガキの頃の約束を律儀に覚えていてくれたのだから、それをないことになんかするような答えは出すはずはなかったのだけど。
心のどこかで不安に思っていた。
「よく、俺がここに帰ったって分かったよな……」
「分かるよ。ずっと一緒にいたし、何考えてどうするかくらい分かる」
シートの下からメットを取り出して手渡し、自分のフルフェイスのメットを被る。
「怒ってるんか」
眉尻を下げて、トールは深く息をつくとメットを被って俺の腰に腕を巻きつけてくる。
逞しい腕に抱き寄せられると、ずっと安心感が増す。
「怒ってるよ。でも、トールが戻ってきて嬉しいよ」
「悪かった」
低い声で呟くトールに、俺は軽く頷いてエンジンを掛けて発車する。
12月に入って、街の明かりはきらびやかさを増してきている。
キラキラと光るイルミネーションが、流れ星のように風と一緒にとおりすぎていく。
そうだ……アレを見せよう。
どうせ、情緒という言葉に無縁のトールなので喜ばないとは思うが。
マンションとは逆の街はずれの丘へとバイクを回し、段差をあがりながら一番高いところでバイクを止める。
眼下に広がるのは、キラメキの湖のような綺麗な光の塊。
「……ヤス?」
「あんま興味ねえだろうけど、お気に入りの場所。綺麗だろ?」
俺の言葉に、トールはメットをとってバイクを降りた。
宝石箱みたいだねとか、よく連れてきた女の子には言われたけども。
情緒はあまりない、トールの感想はどんなものなのだろう。
「へェ……こんなに、夜景、綺麗なんだな。電気がすげえ光ってる」
トールにしては、情緒的な言葉に俺は目を見開いて、メットを外した。
比喩とかは、やっぱりムリか。宝石箱とか天の川とかそういうロマンティックな言葉は思い浮かばないだろう。
月の光にぱっさぱっさの銀の髪が照りかえって光る。
鉄柵に腕をかけて、眼下を眺める姿は、影が差して一枚の絵のようにすら見える。
「……トール、落ち着いたのか」
帰ろうとは思えるくらいには、整理がついたのだろうか。
トールは振り返って俺を見て、鼻の頭をなでて目を伏せる。
「わかんねえけど、俺、考えるの下手だ。オマエの傍にいてえ、だからそうする。今までだってそうだったし、してえことすりゃあいいかって思った」
「そっか。俺もトールとずっと一緒にいてえよ」
短絡的だけど、トールらしい答えだ。
いつだって、そうだった。何もかも、自分のしたいようにしか生きられない男。
「だよな。それでいいよな……びびって悪かった」
「弱気なトールも可愛いからいい」
ちょっと泣きそうな表情をされたのが、結構ぐっときた。
「可愛くはねえだろう。それに、弱気は柄じゃあねえ。まあ、出てったのもオシオキとか言うから、なんか、カッとなった」
ちょっと唇を尖らせて漏らす言葉に、俺は喉で笑う。
そんなこったろうとは思った。
「お仕置きは何でイヤなんだ?」
「対等じゃねえ気がする。オマエが俺に怒ってる分は、全部受け止める」
対等ね。
結局のところ、そこなんだろうな。プレイではそういうお仕置きじみたことはできても、日常生活には持ち込めない。
「じゃあ何ていうんだ」
しばらく考え込んで、トールはぽんと拳を掌で叩く。
「お礼参り?」
飛び出した答えはあまりにもらしすぎて、噴出した。
お礼参りって、確かに仕返しみたいなもんだけど、お仕置きの同義語じゃねえだろ。
「ぶっは、もうちょっと色っぽい言い方がいい」
「ンー、こらしめる……とかか」
「そんな感じだな、でも、さっきのメチャクチャにしろってのも、腰にきた」
くっくっと笑い、さっき耳元で囁かれた言葉に、結構期待している自分がいる。
エロイ意味で腰にきて、セイハがいなければその場で押し倒していただろう。
「……ン……、なァ、ヤス」
メットを手にこちらに戻ってきながら、トールは俺の顔をちらちら伺うように見下ろす。
「何だよ」
問い返すと、うーんといいずらそうな表情を浮かべて、一瞬迷いを振り切るように告げる。
「……あのよ……今、すげえシたい……」
「え……ここで?」
思わず、近くのベンチとかを目で探したが、ここでやるにはハードルが高いし、ちょっと寒いだろう。
「アホ。凍死したくねえ……帰るぞ」
むっとしてタンデムに跨りメットをかぶろうとするトールの手からメットを奪う。
「トール、もっかい言って、具体的に何をどうしてえの?」
平常時の言葉攻めもなかなか楽しい。
肌の色は真っ赤に染まっていて、かなり照れているのがわかる。
「……バカ。ンなもん、何回も言えるか」
俺の手からメットを取り返そうと伸ばしてくる手をぱしっと薙ぎ払う。
「オネガイ、もっとエロく挑発してくれよ」
耳元に唇をくっつけて、微笑みを浮かべて上目遣いでおねだりをする。
「〜〜うぅ……、調子のンな」
唸るような声を出して、不服そうな表情に答えをせかす。
「早く」
「……ヤスのちんこで、犯されたい」
顔を真っ赤にして俺からメット奪い取ると、すぐに被ったトールのメットに唇をくっつけた。
「存分にかなえてやるよ」
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