オレ達の日常

1

「ちょっと、トオル。話があるんだけど」
「……ァア?」
いつものように、机の上で突っ伏して寝ていると頭の上を鞄で叩かれ、不機嫌に相手を睨み上げると元カノのナズナがポニーテールを揺らして立っていた。

今現在、俺は、幼馴染で親友だったヤスと付き合っている。
元カノとは半年くらい前に別れて、別に嫌いになって別れたわけではなかったので、たまに普通に話はする。
ナズは、ヤスの親戚で性別以外の容姿は、ヤスにそっくりだった。
ヤスに似ているから付き合ったのか、もともと好みがそうだったのか、今ではどっちなのかよくわからない。
どっちもだったような気もする。

「なんだ、ナズか……話ィ?すぐ終わるのか?ソレ」

ものすごい強い視線を感じて、前のほうの席を見やるとヤスが、こっちをすごい目で見ている。

ンな顔してガンくれなくたって、ナズとヨリを戻したりしねえから安心すればいいのにと思うが、まあ、逆の立場だったら俺もそんな目しちまうかもなァ。
納得しつつも、ヤスのほうに視線を向けて大丈夫だというように視線を返す。

「ちょっとだけだから、人のいないとこいかない?」
何事にも動じない、オンナにしてはさっぱりとしたナズナの性格は、気が楽ですごく気に入っていた。
喧嘩沙汰ばかり起こす俺にはついていけないと、別れてしまったのだが別にお互い嫌いになったわけではなかった。
俺は腰をあげてうなずくと、寝ぼけ眼を擦りつつ先に教室を出て行くナズナを追いかけた。

屋上に階段をあがっていくと雨が降りそうな曇り空で、なんだか俺の心もどんよりとしてくる。
こういうオンナからの呼び出しっていうのはあまり慣れない。
ケンカの呼び出しは日常茶飯事なのだが、本当にどうしていいのかわからなくなる。
手持ち無沙汰にポケットに隠し持っていたタバコを銜えてフェンスによりかかる。

「で。何ョ、話って」

なんだかいつものナズナらしくない、躊躇いがちに話を切り出さない様子に焦れて俺は先に聞き出す。
「トオル……。ねえ、噂でヤッちゃんと付き合ってるって聞いたんだけど……」
いきなり爆弾が飛んできたような衝撃に俺はものの見事にタバコを噎せて咳き込んだ。

って、ナニ……。

そのウワサって。
「…ゲホゲホっ、ちょっ、待てや……ナズ…、ソレ、ドコで聞いたンだ?」
多分図星をつかれて正常な判断ができていない。
「だって、小西ユミカが、ヤッちゃんに告って、トオルと付き合ってるからって断られたって泣いてたって広まってて……。しかも、トオルがヤッちゃんを無理矢理襲ったって。ヤッちゃんがトオルが怖いから別れられないって、皆そういってて。私はトオルがそんなことする性格じゃないのわかるけど……、女の子たちの中にはトオル征伐隊を組織するとか言ってる子もいて……」
俺は、あまりの動揺にぽろっとタバコを落としてしまった。
襲ったって、逆逆。逆なんだが……。

最近なんだか女子の視線が痛いなと思ってはいたが、元々嫌われ者のヤンキーなのでそんなに変化を感じてはいなかった。
原因はそこだったのである。

「本当なの?」

「……いや……まあ、本当は本当なんだが……」
詰め寄る元カノに、嘘をつくことを諦めて俺は白状した。
「え……本当なの?!トオルが、そんな酷いこと出来る男だとは思わなかった!!ヤッちゃんを自由にしてあげなよ、そういうの独りよがりって言うんだよ」
必死の形相で掴みかからんばかりのナズナに俺は驚いて、どうどうと暴れ馬を落ち着かせるように両手を目の前に拡げる。
「ま、落ち着け……。えーっと、ナズ……確かに付き合ってるのは本当だけどョ……、無理矢理襲われたのは、どっちかってと俺の方」
あまり言ってカッコイイコトでもないので、落ちたタバコを拾い上げて視線をそらして銜え直す。
「……ヤっちゃんが?………トオルは、ヤッちゃんのこと好きなの?」
「……好きじゃなきゃ付き合わねェし、襲われたら反撃するだろ。俺は男なんだしよ」
多分、無理矢理襲われたときも、本当に嫌だったら拘束しているビニールテープなんか簡単に引きちぎれた。
ヤスに嫌われているか憎まれてるか考えに至っていた自分は絶望してそんな気力がなかっただけなのだ。
「そっか。良かった。無理矢理とかだったら、トオルとヨリ戻して、ヤッちゃんを解放しなきゃとか、わたし使命に燃えてきたんだけど、見当違いか」
ちょっと残念そうな顔が可愛い。

学年でも1番か2番人気の女の子である。
もったいないことをしたとは思うけど、これでよかったのだとも思う。
「ははっ、アリガトウな、ナズは優しいヤツだよな」
ぽんっと頭に手を置くと、昔のように照れくさそうな笑みを浮かべるナズナは本当に可愛いと思う。
でも、もうすべて終わったことだ。
それに俺の全部はアイツにささげた。

「……トオル、襲われちゃったんだ」
「なんだよォ、襲われちゃったって……」
含みのあるナズナの言葉に俺は唇を尖らせた。
確かに、元カノにこの巨体をヤられている姿の想像をされるのはキツイ。
「ヤっちゃんも大概趣味悪いんだなーって」
「ちょっと待て、そんな俺と付き合ってたオマエはどうなの?」
「へへ、わたしは女だしね。まあ、昔からわたしと居るときより、ヤッちゃんと居るときの方がトオルは楽しそうだったけどね。」
ちょっと思い出して、ナズナは寂しそうな顔をする。
喧嘩ばかりして、ちっともデートにも連れて行かなかった。
「そうか?んー、そりゃあ悪いことしてたな。ゴメン」
「トオルは、鈍感だしね。他の子達になんていおうかな」
征伐隊を組まれてしまうのだろうか。
女子のリンチは大概男より恐ろしいといわれている。
「まあ、元々嫌われてるしなァ。アイツが無駄にイケメンなのが悪ィな」
「ノロケ、ごちそう様。わたしは応援するよ、二人のこと。他の子たちには相思相愛って伝えておくね」
ふふっと笑うナズナにお願いしますと伝える。
「まあ元々俺の名前出して断るヤスが馬鹿なんだけどな」
「そうね。ちょっとだけ、トオルも大人になったよね」
確かに昔なら討伐される前にやっちまうと公言して脅しまくるくらいのことをしていた。
「征伐隊来たらやられとくよ。女に手をあげないのが俺のポリシーだからな」
「わたしはトオルの喧嘩好き認めてあげられなかったけど、ヤッちゃんは一緒に喧嘩してくれたもんね。それがわたしの敗因かな」
ナズナは、ちょっとだけ悔しそうに呟いて、俺の顔を見つめる。
「ナズは俺にとってはすげえイイ女だったぜ」

喧嘩をやめて欲しいという願いはかなえられなかったけども。
俺にとっては、最後の女。

「ふふ。過去形だけどね。ちゃんとタバコ消してから教室戻るんだよ。じゃあ、戻るね」
くるっと背を向けたナズナの横顔に光るものを見た気がした。
多分俺は俺が思ってたよりずっと、この娘に愛されていたと思う。
「おう。またな」
声をかけると、手にしたタバコを地面にこすり付けると吸殻入れ吸殻を収めて、ゆっくりと腰をあげた。

でも、みんなヤスには適わないし、俺も……大概だ
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