置き去りの熱に

3

「.....なあ、リツ。オマエの言う通り投げてたら、甲子園いけたかな」
後悔なのか後ろを振り返る矢倉の言葉が、らしくなさ過ぎて不安になる。
矢倉のあの時の体力からして要求したカーブを投げられたかは分からない。いつもコントロールはいいほうだが、限界を超えていた。
「もしも、なんて意味がねえだろ」
「リセットボタンがあったらやり直すのにな」
「そんなもんねえよ」
いつもは真っ向からそんな言葉を否定するはずの矢倉に、気落ちされているのがイラつく。
握ったままだった腕をグイグイ引いて歩道を歩いて行く。
前向きだけが取り柄のはずだったし、それだけへこんでいるのもわかる。
「わかっ、てっけど。やっぱ、リツ、怒ってんじゃんか」
まだ泣いているような声がイライラを倍増する。
ずっと歩きで帰るのはキツイなと駅を探す。
「負けたことには怒ってねえよ。オマエがぐじぐじしてるのが腹立つ」
やっと駅前に着くが、のそのそと歩く矢倉は電車に乗りたくないという表情で見返す。
普段、あまり世話をかけられない分それに慣れない。
今、俺にぶつけてくるのは、甘えてるんだろうなと漠然と思う。
「どっか、寄ってく?」
試合だけだと考えていて、あまり手持ちの金もないけどこのまま帰すのもしのびない。

「あ、ああ。あっちの川の土手で、キャッチボールしたい」
指差した方向に確かに土手はあったなあと思う
「アホ、疲れてんだろ。俺はミット持ってねえし」
矢倉は道具の入った荷物を担いでいるが、俺はバスの中に置いてきた。
「三つくらい予備もあるから」
「そんなに予備必要ないだろ」
「ないと、不安だから」
ああ、俺はこいつのことを分かったつもりになっていただけかもしれない。
図体でかいだけで、本当はひどく繊細だったのかもしれない。2年半何を見てきたんだろう。
「あれを、オマエとの最後の投球にしたくない」
矢倉は俺の腕を掴み返すと、駅前の喧騒から遠ざかるように、歩みを速めて歩きだす。

俺だってもっと沢山お前の球を受け止めていたかったよ。
リセットボタンがあったら、俺も、きっと.........。


土手につくと日は少し傾いていて、たぶんチームメイトたちは学校に着いた頃だろうと思う。

スマホを見ると、キャプテンからは分かったから気にせずにゆっくり帰ってこいとだけ返信があった。
「リツ、ミット」
矢倉がポイッと自分のミットを投げ渡してくる。
あれが最後の投球なのは変わらないのに、何をしたいのか俺にはわからない。
拒めないのは、矢倉が必死な眼差しだったからだ。
俺のサインに首を振ったことにずっと引きずられている。
「キャッチャーミットじゃないから、力いっぱい投げるんじゃねえぞ」
腰を落としてしっかりと脚を開いて構える。
「投球じゃなくて、キャッチボールがしたい」
俺に立って受けろばかりに、距離をとる。
意味が分からずに腰をあげ、首を捻って矢倉を見返す。
「リツが、声も掛けずに帰るから不安だった」
「だから、悪かったって言っただろ」
軽く投げられた白い球をパシッと受け止めて、俺は投げ返す。
「リツに嫌われたら、オレ死ぬしかない」
「アホ、わけわかんねえ事言うな」
振りかぶりながら、綺麗なフォームで投げ返してくる。
これまで沢山矢倉の球を受け止めてきたのに、こういう球はあまり受けたことがなかった。
こんな球種は、キャッチャーへ投げられることなどない。
「オマエと一緒に甲子園いきたかった」
「俺も同じだ」
会話を交わしながら、何度も白い球が行き来する。
「甲子園行ったら、いろんな夢が叶うと思ってた。なのに、最後なんてヤダ」
「プロにスカウトされてるんだろ。朔矢は最後じゃねえだろ」
職員室に何度も呼び出されているのを知っている。
矢倉にとっては高校は通過点でしかない。
うちのような弱小チームがここまでこれたのは、投手力だと分かっている。
「されてる。でも、リツと甲子園で投げたかった」
「うるせえ、負けたから仕方ねえだろ」
珍しくグダグダ言い続ける矢倉に、ボールを強く投げ返す。
矢倉はそれを掴んでグッと握り締めて、ボロボロとまた泣き出す。
涙が止まらないようだが、今日だけは仕方がない。
肩を落として駆け寄ると、矢倉の肩をぽんと叩いて首を横に振った。
「言い過ぎた」
「.....わかってっけど。オレ、リツに投げたくてこの高校きたんだよ.....」
矢倉は俺の腕をギュッと掴んで、涙に濡れた目で見上げた。

「三年前の中学の県大会の決勝でオレら戦っただろ」


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