置き去りの熱に

2

砂埃が熱風に舞い肌を焼くような空気の中で、閉会式が執り行われる。
いつもは無駄に存在感があるピッチャーの矢倉は、背筋を少し丸めた姿で大人しく立っていた。
チームメイトも彼のお陰でここまでこれたと思っているので、誰1人最後の投球を責めなかった。
それが1番堪えるし、辛いんだよな。
俺はその広い背中を眺めて、何を言ったらいいのか分からずにいた。
甲子園に出ることは、小学生からの夢だった。あと1歩で手が届きそうなところまできたというのに。
最後の投球のサインを変えたことは、自分にとっても後悔があった。
準優勝のメダルを首にかけられたが、そんなものは意味がなかった。
まだ夢を追いかけたかった。
不完全燃焼な気持ちが燻りつつ、悔し泣きをしているチームメイトの中でメダルを握りしめて、少しだけ低くなり始めた太陽を睨みあげた。

「なあ、加納!矢倉見なかったか?」

チームのキャプテンである岩波が、バスに乗り込んだ俺の肩を軽く叩いて問いかける。
閉会式が終わってすぐ着替えをした時には、姿は見えたが、その後はわからない。
声もかけれなかったし、かけなかった。
慰めが辛いのはお互い様だと考えた。
「朔矢、バスに乗ってないのか?」
「ああ。様子がおかしかったし.....」
「トイレかな?」
「なら、そう言っていくだろ」
俺は腰をあげると席をたち、乗り込んでくるチームメイトから逆流するように、バスを降りた。
「朔矢が来たらメールしてくれ。時間になったら帰っていいと監督に伝えて」
「ちょっと待てよ、加納」
「悪ィけど、お願い!」
俺は試合が終わったあと、矢倉に何も声をかけなかった。
感情が後ろ向きになっているのであれば、勘違いしているかもしれない。
周りを見回しても観客ばかりで、矢倉のでかい図体は見えない。
矢倉は春頃には既にプロに声をかけられていた。だから進学しないと知っていた。

大学進学する俺とは、今日が本当に最後のバッテリーになってしまった。

ぐるりと周りを見回し、バスで帰る予定の国道に出ると、坂道の下の方に黒く大きな影がある。

確信はなかったが、それは矢倉なんだと思った。

俺は疲労した身体に鞭を打ち、坂道を全速力で駆け下りた。
大きな影を目指して駆け下り、見慣れたうちの高校のジャージを見て、ぐいとその左肩を掴んだ。つい利き肩を避けるのは癖のようだ。
「朔矢、おい勝手にどこいくんだ」
立ち止まり振り返った頬には、涙の乾いた筋があり目は真っ赤になっている。
矢倉は普段は何事にも動じない性格で、さっきまで泣いてもいなかったのに、だ。
俺は一瞬怯んで掴んだ手の力を抜く。
「リツ.......だって.....オレみんなにあわす、顔がねえ、から」
「あ?何言ってんだよ。オマエがいなきゃ、決勝戦までもこれなかった」
とりあえず戻ろうと腕を握り直して軽く引くが、首を横にふられる。
「だって、オレはリツのサインに首を振った.....怒ってるんだろ」
矢倉はあのストレートは独断で、やりたいことを優先した結果で負けたのだといいたいらしい。
「怒ってないよ」
「だって、何も話かけてくれねえから.....」
細い目が泣き過ぎて腫れたのか、さらに小さくなっている。
投手なんて大体メンタルが弱いもんだ。
だから、サインを出すキャッチャーがいる。
すべてを任せて信じて投げろと受け止めるのがキャッチャーの仕事である。
最後の最後で、俺はそれを矢倉に委ねてしまった。
責任を負いたくなかったからか。

いや、ちがう。

俺は、矢倉を信じたからだ。
あのバッターは、確かに矢倉のストレートを苦手としていたのは、前の打席で明らかだった。
カーブのインコースなら打ち取れる自信はあったが、ストレートで三振をとれる方に掛けたのだ。
「何を言っていいか、分からなかっただけだ」
「オマエの言う通りにしとけばよかったのに」
グダグダと呟くのは、いつもの矢倉らしくなかった。
それだけショックが大きかったのだろう。

「朔矢。ストレートはオマエの独断じゃない。俺が最後に選んだ」
矢倉の肩をぽんと叩いて、だから戻ろうと伝えたが頑なに首を横に振る。
「こんな顔じゃ、帰れない」
「何、カッコつけてんだよ」
俺は息をついて携帯を取り出しキャプテンに矢倉を見つけたことと、2人で一緒に帰るからバスで出発して欲しいと伝えた。
「わかった、ふたりで帰ろう」
「.....リツだって、疲れてんじゃないか」
「仕方ないだろ。オマエひとりじゃ迷子になるのがオチだからさ」
どうせ道順とか考えないで、衝動的に歩いてきたのだろう。
鼻を啜る矢倉が珍しくてなんだかこっちも目頭が熱くなりながら、俺はその腕を引いてゆっくり歩き出した。


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