ただ一つの切望に
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「ここが総監のお宅、すか」
親父に報告しないわけにもいかず、セルジュとのことを話すと早速家に連れてこいと言われ、10年ぶりぐらいに実家へと向かった。
家を出てから1度も戻ったことはなかった。
「ここは無駄にでけえよな」
広大な庭がある邸宅を見上げて、目を白黒させるセルジュを伴って、門に手を翳すとまだ俺のDNAは登録されているようで勝手に開く。
「反対されんだろうな……」
ボソリとつぶやくセルジュは、何か勘違いしているようで緊張でガチガチになっている。
「反対するわけねえだろ。されてもつがってんだしよ。無駄だろ」
10年経っていても庭の雰囲気とかは変わらない。手入れも庭師が同じようにやってんだろうな。
相変わらずの様子に俺も安心して、玄関のドアの前でインターフォンを押す。
「ただいま、帰りました。統久です」
声をあげると執事の懐かしい顔が現れて、ら玄関のドアを開く。
「お久しいです。お帰りなさい、統久様。旦那様がお待ちでございますよ」
ちらとセルジュを見遣ると痛々しいくらい緊張で顔が強ばっている。
まあこの家にダチを呼ぶと、みんなそんなもんだったよな。
俺は執事に連れられて、親父が待つ居間へと向かう。
「入るよ、親父」
執事が部屋の扉を開くので中へと入り、ソファーで寛ぐ親父と母親に頭を軽く下げる。
「たまには顔を出せ、統久。母さんは寂しがっていたぞ」
「お見合いとかで顔を合わせていたし、わざわざ家に戻らなくてもいいのじゃないかな」
「わたしは手料理を食べさせたりしたかったわ」
俺の言葉に母は、ちょっと唇を尖らせてみせる。
「で、親父に紹介するよ。このセルジュが俺の伴侶」
背中を軽く押してカチコチしているセルジュを紹介する。
「セルジューク・桑嶋です。この度は急なことになりまして。身分違いだとは思っているのですが、きっと努力して出世するんで。息子さんを、幸せにしたいと思ってます」
「……桑嶋君」
親父はソファーから立ち上がり、セルジュの両肩に手を置いて、いきなり土下座した。
「コイツは私たちがホントに甘やかして育ててしまって、手に負えない所もあって君には苦労をかけてしまうかもしれないが……くれぐれも頼みます」
警視総監ともあろう男が、床に頭を押し付けてセルジュに懇願しているのだ。
俺は目を見開いて息をのんで、それ以上何も言えなくなった。
「……顔をあげてください。彼は努力家で素晴らしい人だと思ったので、オレは惚れました。素晴らしい両親に育てられたからだとおもいます」
セルジュは、親父の腕を引いて体を引き上げてそう言った。
「統久さんを……オレにください」
セルジュがそう言うのを聞いて、2人のやりとりに俺は目頭が熱くなってしまい、オレは天井を仰ぐしかなかった。
「久しぶりの里帰りなら、そのままいれば良かったのに」
セルジュは実家を一緒に出ると帰り際にそう言う。
10年ぶりに帰って懐かしいとは思ったが、あそこは俺のいる場所じゃないと感じた。
変わり映えなんてまったくなかったのに、あそこにはもう俺の居場所はなかった。
「最初に会った時、オマエは俺が嫌いなんだと感じたんだけどな。だから、運命のなんちゃらとかからかったんだけどさ」
初めて局に行って顔を合わせた時に、コイツからは敵意だけを感じた。わかりやすい敵意はとても気が楽で、ついバディに指名してしまったのだ。
「能力がないのに、コネで地位を得る奴が嫌いだっただけです。すぐにアンタは違うって分かったし」
暗い並木道をゆるゆると歩き、素直にセルジュは答える。
「オマエはさっき俺を努力家と言ったけど、人よりあまり努力してない。でも大抵のことは簡単にできちまうんだよ。俺は」
なんだか過大評価されているようで、少しだけこそばゆい気持ちがした。
「アンタの部屋には何も無かったから。仕事で必要なものしか。他のことはしてないんでしょう」
昔からそうだ。
ある程度のことは出来てしまうから熱中すらしない。
何かに夢中になるようなことはない。
だから、やらないといけないことだけに必死になる。
「別にしてえこともないしなあ。趣味すらねえ、つまんねえ男だぜ実際」
……だからかな。
だから、全て持っている恵まれ過ぎた自分のつまらない人生ってのに、Ωだという若干の苦悩が加わったことをおもしれえなと簡単に受け入れることができたのは。
「アンタはつまらないどころかかなり変わった人だと思いますよ。でも、そんなとこに惹かれるのかもしれない」
セルジュは、俺の肩を軽く掴んで足を止めさせる。
「な、に?」
うなじに指を這わされ、軽く頭を傾けて顔を覗き込むと、セルジュはつま先を伸ばして唇を押し付ける。
ああ、これが初めてのキスだなとか思いながら唇を合わせて軽く吸いあげる。
柔らかいは舌先の感触が緩く咥内をめぐり、ぞくりと快感の琴線に触れるとゆっくりと離される。
「をい、オマエ……道端だぞ」
咎めはするが、つい感じてしまって声に勢いがなくなってしまう。
番に反応するっていうのは、こういうことなんだと実感する。
「あと、運命にさえ嘆かないアンタが、そうやって可哀想なくらい辛そうになるのがね、可愛くてたまらないなって」
「ハッ、オマエ趣味わりいな」
笑い飛ばすが、実際感じているのは誤魔化しきれないので、軽く腕を引いて人目も気にせずに絡めてやる。
「………好きですよ」
告げられた言葉は何でも持っているはずの俺がずっと心から欲しいと焦がれていたものだった。
なにより切望していた。
相手から好意が欲しいと、ただひとつだけの願い。
俺はひどく嬉しくなって頷いて告げた。
「も、いーから、早く帰って子作りすんぞ」
照れ隠し半分に少し大きめの声で言うと、俺はその腕を離さないように強く引いた。
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