Master
12
子供の頃、誰もが彼を救世主だと思っていた。
この国を救う唯一の人だと思っていた。
王宮騎士から王殺しの大罪人となり反政府ゲリラとして数々の街を救っていった軌跡は、人に希望を与えた
。
処刑されたと聞いて、彼の功績は永遠の伝説になった。
その彼が生きていたのだ。みなの憧れの英雄である。なんて喜ばしいことじゃねえのか。
もやもやとした渦のようなキモチを整理できずに、ルイツはバラック脇の柵へ腰を降ろして満点の星空を見上げた。
自分の喉を掻き切って、死ねない体だと笑った男。
美しい凄惨な笑みを浮かべた、修羅のような男。
不老不死。
人が求めてやまない力を持っていて、人が求めてやまない不老不死の体をもってしまった英雄。
淫らな従属と引き換えに。
呪いが解ければ不老不死もなくなるだろう。それでも、解呪を願うのは……。
「ナーニ、辛気くさい顔してるんだよォ、ルイツ」
ふいに掛けられた声に、ルイツは視線を声の方に向けると、すぐ近くに覗き込んでくるハイムの顔があり驚いた拍子に少し体勢を傾かせた。
「……ハイム、急にびっくりさせんなって。いや……色々あったんだよ」
思わず疲れたような顔をして、肩を落とす。
「らしくねえな。っていうか、オマエ、何であの男がガイザック・スネイクだって、なんで教えてくれなかったんだ。おかげで頭にはりとばされて大変な目にあったんだぞ」
問いかけは、やや非難を帯びたもので、うーんと唸ってルイツは視線を遠くに向けた。
「ゴメン。っつってもなあ。言ったら信じたか?……俺も半信半疑だったしさ。まあ、少しは楽しんだろ」
「まぁ、信じなかっただろうな。……俺は離れて見てたから、張り飛ばされるくらいで何ともねえけど、皆大怪我だぜ、首領にぶっとばされて」
咎めるでもないハイムの言葉に、ルイツは安堵の息を吐き出した。
まあ、ハイムの性格である。男に夢中になるようなタイプではない。
どこか達観したようなハイムという男に、唯一気を許していた。
「ハイム……俺、ここ出るよ。今まで有難うなァ。」
「……いきなりなにいってだよ、おかしいぞ、急に」
驚いたように目を見開くハイムに、口元を歪めてルイツは視線を返した。
「首領に殺されかけたんだよ。俺。王を殺した俺が、ガイザック・スネイクの呪術上の主人になるんだと。そんでガイザックを救う為に、俺が彼を抱けというんだよ。首領は。」
吐き出した言葉に、多少の毒気が伴う。
思い出したら更に腹がたってきて仕方なくなる。
人に命令されてするようなことじゃあない。
「へぇ、まあ、当然だろうな。あんな綺麗な人なんだし、別に抱くくらいなんでもねえだろ。殺されるくらいなら抱けばいいものを、強情だな」
ハイムからの答えは、意外そうでもなんでもなく本当に仕方ないといったもので、ルイツに同意するものではなかった。
「……あんな綺麗な人だけども男だぞ」
こだわっているかのようにぼそりと呟くルイツに、ハイムはやや呆れた表情を浮かべて肩を竦ませる。
「まあ、英雄の為なら部下一人切り捨てるのは、当然か。オマエを殺せば、マスターが移るってことだもんな。皆の憧れの人だからな、ガイザック・スネイクは」
「そうだよな……」
「本当にガイザック・スネイクだっていうならな。英雄一人とザコ一人を比較できるか?」
「……そりゃあ……」
ハイムの言葉に、ルイツは言葉を返せなくなった。
ケイルの選択は、当然のことなのだ。
元首領である英雄ガイザック・スネイクを救おうとするのに、ザコ一人切り捨てるのに躊躇はいらない。
「まあ、切り捨てられたオマエのキモチも分かるけどさ。……俺も、出ようかな、ここ」
「ハイム?」
「結局、下が切り捨てられる集団なら居たくねえなってこと。オマエみたいな面白いのいなくなったら、俺、寂しいじゃねえか。オマエ、どうするの?一緒に出るか」
優しく響くハイムの言葉に眉を軽くあげた。
盗賊団に身を投じて、すぐに仲良くなった仲間だった。
親友と呼べる唯一の男。
「いや……、俺さ、ガイザックと呪いを解く為に旅をする約束をしてんだ」
ハイムの表情は、少し驚きと意外そうな表情に変わって、マジマジとルイツを見る。
「本気か?抱く気もないのに…か?」
「ああ、体液だけで我慢できるって言うし。体液もないと狂うらしいからさ……。ここの盗賊団のこととは別として、それは、見捨てられないだろ」
約束は違えたくはない。その前に、王殺しが呪術師の力で追われるというなら、早いところ盗賊団を出て、仲間を巻き込みたくはない。
真意の程を測るかのような視線をハイムは投げて、首を緩く振って、とんと背中を叩く。
「オマエもお人よしだけどな。我慢できるっていっても……まあ、ガイザックさんも可哀想なことだけどな。追われるのはやべえけど大陸一の剣士が傍に居りゃ安心か」
ハイムはゆっくりと柵を降りて、ポケットから小さい赤い石を取り出してルイツに押し付けた。
「ハイム?」
「守石だ。ありがてえ守護神がついてる。持ってて損はねえよ」
ルイツの赤い髪を撫で、顔を見返して明るい表情の笑みを浮かべた。
「生きてりゃ、どっかでまた会うさ。死ぬなよ」
言葉が凄く温かかった。首領からも捨てられた心には、友のその言葉が染み入ってくる。
頷きを返して、押し付けられた赤い石を握り締めた。
「ガイザック・スネイクが本当に国を救えるのか、俺には分からない。でも……今はこれしか選択肢はない気がする」
「国なんて俺たちには大きすぎて考えが及ばないね。ただ、俺はオマエの無事だけを祈るぜ。友よ」
ハイムは優しく笑うとルイツの肩をぽんと叩き、バラックに仲間の介抱に戻ると告げて立ち去った。
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