オレ達の失敗 *SIDE Y

15

マンションに帰ってきて、東流は汚れた体が気持ち悪いとすぐに浴室へと向かってった。
ソファーにつかれきった体を沈ませる不機嫌な俺を見て、誠士は心配そうな表情で忠告する。
「康史、キモチは分かるけど。今は怒るな。アイツ自身がかなり堪えてる筈なんだから」
誠士は、言い聞かせるように俺の顔を覗き込む。
こいつはいつも、そうだ。
俺らを客観視して、いつも助けてくれる。
自分の恋人が輪姦されていたのだから、ショックなのは仕方ない。怒りの矛先を向けるところが間違っているのもわかる。
被害者に向ける怒りはトラウマを増長させるだけだろう。
だけど、俺は東流を叩いてしまった。
「ああ……わかってる。一番許せないのは俺自身だよ。トールが嘘ついてるのわかってたのに止めなかった」
「まあ、そうだろうけど。東流を叩いたのは間違いだったな、アイツ、今かなりやべえと思うぞ、アイツのあんな顔見たことないしな。フォロー間違うなよ」
叩かれた瞬間、東流が泣き出しそうな表情をしていたのを見逃さなかった。だけど、フォローもできなかった。
自分の体のことをなんとも思っていないで切り捨てるような東流の言葉に、どうしようもなかった。大事にしてると伝えたのに、ああでも言わなきゃやってられないという東流のキモチも分かった。
東流は、自分が体を差し出したことを内緒にするつもりだったのだ。
それを思い切り目撃されて、助け出されたことに少なからず動揺しているのだ。
「ああ……分かってる」
眉根を寄せたまま不機嫌丸出しの俺に、誠士は深々とため息を漏らした。いつも心配してくれる大事なダチだから、言いたいことはわかる。
「康史、普通にしてろって……そんな顔してたら東流が離れちまうぞ」
「分かってるって……あいつら全員ぶっころしてくればよかった」
イライラとした様子が空気で分かる。
せいぜいリンチされてんだろうなくらいの気持ちだったのが大間違いだった。
ぎいいっとリビングの扉が開き、重たい体を引きずるようにいつもの覇気を失なった様子で、濡れた髪をタオルで拭きながらスエット姿の東流が部屋に入ってくる。
「風呂あがったのか」
誠士が声をかけると、東流はベッドサイドに腰を下ろして上半身を傾けて軽く横になる。
「……ああ。流石に、ちっと疲れた」
「トール、さっきは……ぶってゴメン」
やや躊躇いがちに声をかけると、東流はいつものような表情で唇を軽く引き上げて軽く笑い、
「いや……俺が勝手にしたことだ。二人とも、助けてくれてアリガトな。助けにくるとか思わなかったからよ……」
いつもの傍若無人な態度ではなかったが、それでも努めて普通を装っているのが目に見えて分かった。
普通過ぎて何を考えてるのか見えない。
わかりやすい東流の感情が見えないときは、いつも、意思をもって感情を消している時だけだ。
嫌な予感がした。

東流はバスタオルで口元を覆い、俺から視線をそらして言った。
「で、ヤス……、俺考えたんだけど、やっぱダチに戻ろうぜ。恋人とか無理だわ、俺」
予感は当たった。

「ちょ、っと待てよ。トール」
焦って身を起こすと、東流の目の前へ足を引きずって座る。
誠士は良くない予感をしていたのか、ふっと顔を曇らせた。
「なんでだよ、理由言えよ。ぶったことなら謝っただろ?」
なりふり構わず詰め寄る俺の肩を宥めるように東流は軽く掴んで、背中に腕を回してあやすようにとんとんと叩く。
「決めたから。俺なら無理だからさ、もしも、俺の恋人が他のヤツとヤってンの見ちゃったら、触りたくなくなるしな。それに……俺の体、本当にめちゃくちゃで汚ねェから、オマエにもう見せたくねえんだ」
静かな調子で言う東流の言葉に俺は息を呑んで相手を見返した。
何を言ってんだろう。
汚い?
多分、病院で別れた時から東流のこころは決まっていたのだろう。
自分に価値がないといったのは、既に輪姦された事実があったからか。
「関係ねえよ。トール、オマエの体がどんなでも、俺にとってはトールしかいねえんだよ。ガキの時からオマエだけだったよ。」
誰かに、触られたのは気にいらない。
だからと言って、手放す理由にはならない。
俺は何度も首を横に振る。
「オマエが良くても、俺が嫌なんだ。……ゴメン」
額に手を当てて顔を覆う東流の様子にぐっと拳を握り締めた。
張り詰めた空気を読むように、誠士は軽く手をあげて何とかしろよと言いたげな視線を俺へと向け、静かに部屋を出て行く。
手放してなんかやれない。
やっと手に入れたのに。

「俺は、トールを愛してるから、ダチには戻れないよ。トールの体の傷は、俺を守るために作った傷だろ。汚くなんかないよ」
灰色の髪に触れて、そっと頭を撫でてバスタオルで顔を覆う東流の大きな手の甲に唇を充てる。
一瞬体をこわばらせ首を力なく左右に振って手の平とバスタオルを顔からどけて東流は泣き笑いのような表情を浮かべる。
「2日間、俺のカラダ…色々されちまって、オカシクなってんだ」
「全部俺のため、だろ?愛の証の痕だろ?むしろ、俺がそうしたようなもん」
離さないように腕を掴んでぐっと引き寄せる。
泣きそうな表情は、本当にそそられる。
「てめえは、そんな……くせえ台詞、どっから編み出すんだよ」
「トールを愛してるから、自然に出てくるんだって。俺の愛は疑うんじゃねえよ。」
漸く見れた表情へ唇を押し当てて、康史は真剣な眼差しで顔を覗き込んだ。
「ホント……マジでくせえよ」
俺の背中へと東流は腕を回すと、耳まで膚を赤く染めてぐっとを抱き締めてくる。

「スキだぜ……ヤス……」
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