トールとヤス

オレ達の喪失

うだるような熱気にやられ、頭は朦朧として脱水症状をおこしているというのに尿意だけは収まらず、
縛られた自由にならない体をどうにか縮こめて、脂汗を浮かべながら必死に耐える。
あと数ミリでも動いたらきっと漏らしてしまう。
そんな状況でも殺意すら湧かないくらい、俺は憔悴しきっている。
こころの問題とは、よく言ったものだと思う。
普段は暴れ馬とも鬼とも言われる俺がこんなふうに縛られただけで、弱ってしまうとか考えられない。
こんな状態で我慢している意味などないかもしれない。
康史は俺をこのまま見殺しにするつもりだ。でなければ、40度近い気温の最中に拘束したまま、置き去りにするだろうか。殺されるほどにくまれてた。
もう…どうでも…いい…。あんなに……してたのに。
あんなに………。
ガタンッと遠くで物音が響くのが聞こえる。
俺をこんな目に合わせている本人だというのに、それでも物音が康史ではないかと心待ちにしてしまう。
クーラーとかかけ忘れていったとか、どうしようもねえトラブルに巻き込まれただとか。
くらくらした頭で都合良いように考える。
思考回路がもう覚束無い。
幻聴かもしれないが、ダンダンと階段を激しく登る足音が聞こえてくる。
助けて欲しい。苦しい。膀胱も破裂しちまいそうだ。
「トール、ごめん!あちいよな、大丈夫か?クーラーをオフタイマーにしてたの忘れてた」
エアコンのリモコンを慌ててオンにする背中が微かに見え、ぼやけた視界に心配そうに焦った顔で覗き込むいつもの表情がある。
見知ったいつもの俺を心配するような……顔。
なんで、そんな顔すんだ。
見殺しにするつもりだったんじゃねえのか。犯すくらい憎んでんだろ。
「た…すけ…て」
膀胱もパンパンで息苦しくて死にそうだ。
「おい…………、大丈夫か!」
俺の反応に顔が歪み、康史は必死で抱き起こそうとする。
「…っあ、や…す……ゆら…すんじゃね」
膀胱がどうにかなっちまう。
掠れすぎた声は届かなくて、康史が必死に更に体を揺さぶってくる。
「…ヤス……う……う、も、っ……れッ」
膀胱の堰が決壊してじょろっと溢れ出した尿を止めることもできずに、俺はガキのようにしゃくりあげるしかなかった。
驚いた表情を浮かべる康史の顔も見れず、拘束されて顔を覆い隠すこともできずに、じょぼじょぼと俺は失禁し続けた。
「……ごめん、トール……ごめん……」
泣き出しそうな顔で、康史は尿だらけになるのも構わず俺を強く抱きしめる。
歪んでる視界の中に入ってくる康史の顔と、重なる唇から冷たい水が流れ込む。
なんで…あやまって……んだ…よ
何度も唇から流しこまれる水にだんだん体内の息苦しさがゆっくり薄れてくる。
「や…す………おれのこと…ころすんじゃ……ねえの」
やっと出た声で、尿だらけになって自分を解放する康史を見上げて、ぐったりと体を預けたまま問いかける。
康史は、瞬間大きく目を見開いて、殺さない殺すわけねえと何度も首を横に振った。
汗でべたべたになった俺の前髪をそっとかきあげて何度も撫でる。
「トール……、俺はトールが好きで好きで堪んねえんだ。ずっと抑えてたけど我慢できないくれえ好きで、体を手に入れたら、心も手に入るって思ってた。俺に欲情して、俺なしでは堪らないくらいになればって」
ああ……そうか。
なんだ、憎んでるわけじゃねえんだ。
康史が俺の腕に掛かったロープを外し、脚を括っていたベルトを名残惜しそうに外した。
康史が俺をずっと憎んでたわけじゃなかったと思ったら、重たかった心がふっと軽くなった。
「……そうか。………………にくまれて、おかされたんじゃねえなら、いい」
康史が俺を好きだっていうのなら、犯されたことも仕方がないような気がした。
俺好きでしたなら、しょうがないかなとか思える俺の頭の中も麻痺しているみたいだが、 嫌われているのでなければ、俺はそれでよかった。
よく出会う連中でも、好きな子を強姦したとか言ってるのも多かった。
康史はそういうタイプじゃねえけど、相手が女じゃねえから、そうなるのかもしれない。
頭がうまく動いてねえけど。
「……トール?」
俺の言葉に、康史は目が点の状態になって俺を覗き込む。
「……おれは、やす……を、なくした…………とおもった……」
嗄れて聞きづらい声になってしまった。一番、辛かったのは暑さでも腹の痛みでもなく、それだった。
「ごうかんは、だめだ。……かなしい。おれ、とっくのむかしから、やすいねえとだめだ」
朦朧としてる頭が追いつかず、カタコトでしか話せないのがもどかしい。
「……トール……、俺の好きは……そういう好きなんだ」
必死で抱きしめてくる腕が心地よかった。
汗と尿で濡れてべとべとになった俺を、何度も康史は抱きしめる。
「……いわなきゃわかんねえべ……おれはヤスをなくしたくないくらいにはすきなんだからよ……」
最初は戸惑うかもしれなかったけど、聞いていたら腹括ってたとも思う。
こんなに悲しい思いとかしねえですんだと思うと、少し腹立たしい。
視界が暗くなって、康史が俺に唇をくっつけたなとか思っているうちに、許容量を超えた意識は谷底に飲み込まれた。
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