トールとヤス
オレ達の喪失
目を覚ますと近くには誰も居なかった。
部屋には扇風機が回っているだけで、40度近くはあるであろう熱風だけが吹き付ける。
汗がねばっこく肌にからみつき、シーツがぐっしょりと濡れて染みをつくっていた。
康史の姿が見えず、両手はベッドヘッドのパイプに括られ、脚にはご丁寧に革ベルトで縛り上げられている。
それだけで不安で仕方がなかった。
普段の俺ならこんな拘束は簡単に引きちぎれるはずだった。
でも、力がまったくでない。クスリのせいってわけでもなさそうだ。
気力の問題。弱っているのはきっと俺のこころのほうだ。
裸のまま縛られて、このままずっと康史が帰ってこなかったら、俺はどうなるのだろう。
水分もうばわれて干からびたミイラになるのだろうか。
それとも痩せてロープが緩んで解放されるだろうか。
そこまで、生きられるのか?
今まで生きてきて、俺が不安に思ったことはあるだろうか。
「ねぇな」
ふっと呟いた声が完全に掠れてしわがれていた。
康史は俺を憎んでいたのだろうか。今まで俺に従ってきたのは、何でなんだ。 むかついて仕方なかった?
憎みながらも、従ってきたというのだろうか。 俺は、今まで康史のことを守っていたつもりだった。いらない世話だったか?
ぐるぐると考えるが、何も考え付かなくなるくらい体が熱かった。
熱中症……になったらどうするんだろう。
憎いなら……何も思わないか。
汗が扇風機に晒されて少しだけ熱がさがる。
見ていてムカつくと言ったあいつの顔が、脳裏に思い浮かぶ。
俺をこんな恥辱にあわせて、それでスッキリするのだろうか。ずっと変わらずダチでいるって思ってた俺は、 犯された事実よりもその言葉に打ちのめされた。
「ヤス……」
呼びなれた名前を口にのぼせる。
腰も身体もだるくて熱い。喧嘩でもこんなに苦しんだことはない。
それと…腹部が痛むほどの尿意だ。
見慣れた部屋の扉は、開かない。
誰も居ない部屋。
どこにいったのだろう…康史。
康史……早く帰ってきてくれ……
何もかも干からびてしまいそうだ。
Copyright 2005- (c) 2018 SATOSHI IKEDA All rights reserved.