色即是空

2

大平が見下ろした巴弥天の顔は、平然としていていつも見ていたような熱は帯びていない。
今まで数多く身体を重ねたが、こんなに冷たい肌はしていなかった。

終わり、なのか。
ホントに、終わりだっていうのか。

反問しても得られない答えと、それを口に出すことが怖くて大平は首を横に振った。
関係をもってから2年と少し経っていたが、巴弥天はいつも優しかったし、自分を見る目には恋人としてのそれがあると大平は思っていた。
「いきなり、そんな風に言われても…………わかんねえよ」
「だから……。因縁が変わると言っただろ」
まるで宗教の時間の先生の言葉のように、巴弥天の詞は難しくて大平の頭には入ってこない。
ずっと一緒にいられると思っていた。
「俺たちは男同士……だから、将来はないよ」
静かに語る唇を塞ぎたくて、大平は彼の唇に唇を重ねて吸いあげる。要らないことを言う唇ごと、全部飲み込みたいと願う。

将来がないことなんか、最初から分かっていた。

最初は巴弥天からの同情から始まった関係だ。
でも、優しさと慰めにだんだん惹かれて、ハヤテ以外には考えられなくなっていっていた。だから好きだと告げて恋人になったのに。

胸をドンドンと強く叩かれ、無理矢理腕を捕まれ引き剥がす巴弥天の腕の強さにようやく身体を離すと、イヤだと伝えて大平は肩にしがみついた。

「……大平、聞いてくれ。4年間は普通に会えるかもしれない。だけど……そのあと2年は俺は寺に修行にいく……。大平は寂しいの嫌いだろ」
肩にかかった手の甲に掌を包むようにしてきゅっと握り、巴弥天は目を伏せた。
「…………そんなの……」
「待てないだろ。この学園に来る前に付き合ってた女の子、会えないからって別れたんだろ」
大平の言葉を待たずに、巴弥天は続けた。
元カノと別れた理由は確かに会えなくなって寂しいのもあったが、大平の元カノの方がそれに嫌気をさしたのもある。
大平自身は待てないわけではなかった。
「俺は、待てるよ」
「…………大平。俺は坊さんになるんだぞ」
「ああ、分かってる。破戒的なもので、ダメなのか」
「そんなもんは、昔から衆道とかそういうのがあるから……問題はない」
覗きこんだ巴弥天の顔が少し歪んで、首を何回か振って大平を見返した。

「俺は2年経ったら、剃髪してツルツルになるんだぞ。そんな俺でもお前は抱けるのかよ」

身体の下で、無表情だった顔を真っ赤に染めて視線を逸らした恋人を、唖然とした顔で大平は見下ろした。
自分より少し大きな身体は僅かに震えを刻んでいる。
「ツルツルだろうがなんだろうが、ハヤテはハヤテだろ……変わらないし、抱けるに決まってんだろ」
言われた意味が分からないとばかりに、顔を寄せると表情を見られたくないとばかりに腕をあげて顔を隠す。
「そんなの、わかんねえだろ」
「……わかるって。俺はハヤテを好きなんだ」
「そんなの今だけだ。俺は信じない……ココから出たら、全部変わってしまうに決まってる」
決めつけて首を振り続ける巴弥天に、苛立ったように大平は腕を引きはがすようにぐいっと掴みあげる。
「ムカつく……。俺のキモチを勝手に決めるな」
晒された顔が涙に濡れていて、一瞬だけひるんだ表情を浮かべるが、軽く眉を寄せて怒りを表情に出す。
「信じない」
「信じるものは救われるっていうだろ」
「俺はキリスト教じゃない」
埒のあかないことを言い合いながら、大平は短く刈り上げた巴弥天の髪をそっと撫でる。
「俺を信じろよ。ハヤテ」
じっと見つめ返すと、うちしがれた表情で巴弥天は口を開いた。
「……最初から、俺は大平を好きだった。オマエが彼女と別れて落ち込んでたのを利用して、慰めるフリをして……誘った。こんないかつい男の癖に……オマエが欲しくて優しいフリしてただけだ」
噛み付くように告げられた言葉に、大平は驚きの表情を浮かべるが、ぐっと背中に腕を回して抱き寄せる。
「……嬉しい。ハヤテが優しいから、俺はずっと同情だけで、こんなことしてくれてたのかと思って絶望してたとこなんだけど……」
「俺は…………優しくなんか、ない」
頭を振る目の前の男を、ゆっくりと撫でながらしっかりとした身体をゆっくり辿る。

「好きだ……変わらず、ずっと好きでいるから。お願いだから、俺を信じて」
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