或る冬の日に

1

頬にかかる風が冷たく、もう冬がくるんだなと実感する。
同期の松岡と一杯のつもりで、飲み屋の暖簾をくぐったのだが、かなり遅くなってしまった。
羽織った薄いコートに首をひっこめ、まだ喧騒の続く繁華街をゆっくり歩く。

深夜のタクシーに乗るほどの金に余裕はないし、家までは歩けば1時間くらいだ。
明日は仕事は非番なので、ゆっくり帰ればいいかなとのんびり歩いていたが、耳にした喧騒に視線を向けると、路地裏で多勢に無勢で、たった1人で絡まれている男を見つけてしまう。

いつの時代も、そういう憐れな奴はいるもんだ。
スルーをすればいいんだと、頭のどこかでは充分わかっちゃいる。

正義感なんて職業だけでうんざりしてるものを、非番の今振りかざすつもりはない。

だけど思わず胸ポケットに手を突っ込んで、そちらに歩き出し、
「はいはーい、何してんのかな?警察ですよー」
取り出した硬い黒い手帳をチラッと見せて、ヤバイと口々にいいながら駆け出す男達を、俺はあえて見逃す。

今は勤務中じゃないので、お仕事をする気はない。

「君、大丈夫?」

路地裏に入り込んで声をかけると、飴色の頭をした男は傷だらけの顔で、俺を睨みあげる。
折角助けたのに、可愛くない態度をとられて苦々しく思う。
男の見た目は、まだ未成年か二十歳前後かってくらいの若さである。
肌もピチピチとしているようだ。
くたびれたアラサーとしては、羨ましい限りだ。

「別に、助けて欲しいとか言ってねェ。警察とか最悪。……どっかいけ」

剣呑な声で追い払おうと、俺を再度睨みつけてくる。

「怖がらないで、大丈夫だよ。俺非番だから。怪我してるし手当しよっか。それとも、被害者っぽいけど、署まできてもらうほうがいい?」

とりあえず、怪我だけでもなんとかしてやらないとなと思って少しだけ脅しをける。

一瞬だけ怯えをはらんだ表情を浮かべると、彼は首を横に振った。

「やめて、それだけは……」
被害者なら尋問することもないのだが、激しく拒否されると職業柄、疑わずにはいられない。
とはいえ、こんなに夜中だし怪我の手当するにも適当な店は閉まっている。
タクシー代を払うと今月はジリ貧なのだが、この子を放置するのはまずい。
俺は腰をあげて、彼の腕を掴むと肩に担ぎあげる。身長はかなり高いようで180cmくらいだろうか。
一応、俺よりは低いので運べそうだ。

「どこ、連れてくんだよ?……警察はイヤだ」
「だったら、騒ぐな。あまり注目されっと、俺も署に連れてかないとならなくなる」
諭すように話しかけると、途端に大人しくなる。最初から大人しければよかったのだけど。

俺は路地に出ると、手をあげてタクシーを止める。

「〇△3丁目まで……」

とさりとタクシーの後部座席に少年を押し込むと、中の明かりで顔がはっきりする。
路地の暗さで飴色に見えた髪の色は、亜麻色に近く柔らかい天然の髪のようだ。
ハーフかなにかだろうか、少し彫りが深いが鋭い顔つきである。

「さっきの子達は友達?」
「ちげえよ、絡まれただけ」
タクシーが走り出すと、彼はぼそぼそと問いかけに答える。
「腕とか結構血が出てるけど?」
「別に、かすっただけだし」
顔にもべったりと血がついているのは、頭を殴られているのだろう。
「歳は、いくつだい」
「……17」
未成年にしては体格がいい。
高校生がこんな夜中に遊んでたら困るなあ。べつに少年課じゃねえんだけど。

「手当が終わったら、親御さんに電話するよ」

俺はそう言って、タクシーの運転手に金を払うと彼の腕を引き、一人暮らしをしているマンションへと連れていった。
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