斬り裂くのは運命と識れ
1
オレは小さい頃からいつも陰口が聞こえていた。
母親はΩでシンデレラドリームのように、財閥のαに嫁いだが、そいつに運命の人が現れたという失意のまま逃げ出して死んだ。
オレは引き取り手もなく施設に預けられ、ようやく見つかった養父母に育てられた。
だからオレは、母親を裏切った父親がくれたαの遺伝子で、誰より成り上がってみせると誓った。
警察の中のエリート集団に入り、海運捜査局の副局長になれるチャンスが漸く来たと思った矢先、人事が次の副局長だと示したのは、辺境警備をしていた最下層のΩの男だというのである。
Ωといえば職につけても殆どが要職にはつかず、事務職ばかりだ。
辺境警備は荒くれものの猛者のβあたりが集うところで、全く噛み合わない。
それは置いておいて、Ωがエリート集団にくるのか、しかも副局長というポストだということも、すべて納得がいかない。
「局長!」
大声で部屋の中に入り、優秀と誉れが高いこの部署のトップである局長の:鹿狩歩弓(かがりあゆみ)に声をかけた。
彼は端末を眺めたまま顔を真っ青にしていて、オレの呼びかけに答えはない。
「局長、大丈夫ですか」
肩を掴んで軽く揺らすと、局長はハッとしたようにオレをみあげる。
「次の副局長をΩに任せるとか、上は何考えてるんだか。今日、就任ですよね」
オレは不満を漏らすと、漸く局長は端末から顔をあげて、メガネの位置を神経質そうになおす。
綺麗な顔立ちはαらしく整っていて、一目で優秀な人材だとすぐにわかる、
「Ωなんか、足引っ張るだけでしかないのに」
思わず不満をこぼすと、局長は一瞬ためらいながら、
「彼が優秀な……人なのは知っている」
副局長になる人をまるで知っているかのような口ぶりだが、具合が悪そうに眉を寄せている。
この人はΩアレルギーらしく、ニオイだけでも蕁麻疹が出る人だった。
「局長、オメガアレルギーでしたね。顔が真っ青だけど大丈夫ですか」
神経が繊細過ぎるのも困りもんだな。
オレは局長に、置きクスリの箱から吐きけどめの薬を手渡した。
その時だガチャッと部屋の扉が開いた。
扉から顔を出したのは長身のイケメンで、辺境によくいるタイプの鍛え抜かれた体の持ち主だった。
彼は愛嬌のある笑顔を室内に向けて、頭を下げた。
「チース、本日付けで海運捜査局に配属になった、鹿狩統久です。世話になりまーす。お手軽にカガリンとか呼んでね。お土産に辺境名物巨大イカ焼き煎餅をどーぞ」
鹿狩統久(かがりすべく)と名乗った男は、オレより少し身長が高くガッシリとした体格をしていた。
そして、胸元には5つの金のメダリオンと三つの銀のメダリオンが輝いている。それは、褒章であり実力を示すもので、オレでも銀を二つ得るのに苦労をした。
局長にしても、金を一つ取っているにすぎない。褒章の数だけ見れば、彼は副局長に収まるだけの器じゃないのだ。
それにしても、チャラけた態度で本当に気を逆なでするが、これがΩだと言うのだろうか。
しかも、鹿狩って苗字だ。
チラと隣に座る局長を見ると、呼吸が荒く顔が青白い。いつもは堂々としているこの人が、取り乱すのを初めて見た気がする。
「かがりんは、局長も鹿狩さんですからかぶるので、別の愛称を検討してください」
丁寧にドア側に近いショーンが、副局長に言い放つ。
ショーンは、ある意味真面目だけが取り得のイイトコのボンボンである。
「...…マジでか?」
ちょっと目を見開いて、男は軽く頭を下げてからこちら側に近寄り、局長のネームプレートを眺めると、意を決したように深く息を吐き出した。
「...……久しぶり、アユミ。10年ぶりかな」
軽い口調をやめて近づいてくると、見下ろした局長の様子に僅かに表情を強ばらせたのがわかった。
「...……お久しぶりです。統久兄様。施設に行かれてからお会いしていなかったので、てっきりご結婚でもなさっているのかと思ってました」
嫌味にすら聞こえる口調は、サバサバしているタイプの局長には珍しい言い方だった。
どうやら彼は局長の兄らしい。あんなにΩを毛嫌いしている局長の身内にΩがいるとは思わなかった。
「あ、ああ。……施設は1年経たずに追い出されてな。辺境警備隊に志願して、働きながら見合いしてたりしたんだが、中々貰い手がいなくてなあ。まあ、親父の見栄かしらねえけど、イイトコのαの坊やばかりで、30連敗。俺もイイ男だと思うんだけどね」
彼は全くΩであるという事を隠す気持ちはないらしい。
「それは大変でしたね。資料を見ると辺境警備隊で大活躍だったようですね。今回、本部に戻ってきたのはどういうことです?」
局長の棘を少し孕んだ物言いに、彼はため息をもらして斜め上を見上げて、
「海運捜査局は、エリートのαばかりだろ?親父がさ、種馬探してこいってね。神聖な職場でそういうことって乗り気じゃなかったんだけどさ、たったいまさっき気が変わったかな」
彼は、局長の横に立っていたオレの腕をグイッと掴んだ。
「俺の本能が、オマエが俺の運命のなんちゃらだと言っている。とりあえず今日からオマエは俺のバディだ」
は!?運命のなんちゃらって、なんだよ。
オレの知っているΩでこんな自信有り気なやつ見たことがなく、口をあんぐりあけて目を白黒させるしかなかった。
Copyright 2005- (c) 2018 SATOSHI IKEDA All rights reserved.