Master
21
全身を覆い隠すフードを買って王都に馬で入る。真夏にフードはかなり体力を消費する。
前を走っているガイザックも同様だろうとルイツはその背中を追う。
虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。呪術師がいる王都に入ったはいいが、多分あちら側にもバレているに違いない。
早いとこ隠れ家みたいなものを探さないとな。
ため息をつきながら、ルイツは照りつける太陽を睨むように見あげた。
サリアの森を出立してから、ほぼ不眠不休で4日でたどり着いた。なるべく目立たないように、立ち寄った街にもさほど長居をしなかったのですっかりくたくただ。
といっても、有能な呪術師たちに対して、相手より先にみつけられられるだろうか。
不安に苛まれながらも、ルイツは王都の華やかな眺めに感嘆の声をあげたくなるのを抑える。
それにしても、すごい町並みだ。
こんなに人間って存在してたんだな。
初めて王都に来たルイツにとっては、今まで知ってる町や村とは段違いで、建物から何から全てが美しいものだった。
「ルイツ、あんまキョロキョロすんな。挙動不審で目をつけられっぞ。まあ、オノボリさんなのは仕方ねーけどよ」
馬のスピードを落としてガイザックはワザワザ彼の耳元で言ってくる。
ちょっと一言多い。
黙ってりゃ、ミステリアスな美人なのに。
どーせ俺はオノボリさんだよ、と、ルイツはスネながらガイザックが薄暗い脇道に入っていくのについていく。
まあ、王都に生まれたガイザックにとっては、ここは故郷で慣れた街なんだろうけど。
入った道は薄暗く、王都にしては古い建物が並んでいて貧しそうな人たちが狭い空間にぎっしりと住んでいる。
「綺麗なのは、見えるとこだけだ」
吐き捨てるようなガイザックの声が聞こえて、ルイツは本音のところなんだなと感じる。
ガイザックは奥のボロボロの宿の脇で馬を降りると、厩のへ轡を括る。
ルイツが倣って馬を降りると、ガイザックの後について壊れそうなはくらい腐敗した階段を登る。
「ここは?」
「馴染みの店だ。……信頼はできる」
ぽそりと言葉を発して、中へと慣れた様子で入り、店員に片手をあげて奥の部屋に入る。
「ここは、従業員専用の部屋だ」
いかつい柄の悪い男たちが、グイグイと出てくる。
「俺だ。シラールはいるか?」
「ガイザック様、ご無事だったんですね!」
男達の態度がガラリと変わり、ガイザックがソファーにどっさりと腰を下ろすと、もてなすようにグラスに綺麗な水が注がれる。
「ガイザック、生きてたのか!?」
店主らしい佇まいの落ち着いた風情の男が驚いたようにフードを外すガイザックに声をかけた。
「まあ、逃げ出したから追われてるけどな。長居はできねーけど、お前らには会ってこうと思って」
寛いだ表情で珍しくガイザックは笑みをみせる。
「また、無茶しやがって。また、王が殺されたと聞いたからまさかとは思ったが」
「殺したのは俺じゃねーよ、こいつ。ルイツっての」
隅で所在無さそうにしているルイツをガイザックは指さして昔馴染に紹介する。
「俺はシラール。ガイザックとは幼馴染みで、悪友かな」
逞しそうな胸板と愛嬌のある顔に、ルイツは軽く頭をさげる。
「シラールは元々俺の近衛隊の副隊長だったんだけど、俺を庇った罪で追放されちゃったんだ」
「昔の話だ。まあ、この店のヤツらはみんなガイザックの隊のヤツらばっかだから、安心して休養してくれ」
シラールは、にっこりと笑いルイツの背中を押してソファーに座らせた。
下の階で居酒屋を営んでいるとあって夕方近くから喧騒といい匂いがあたりに立ち込める。
ソファーは獣の革をなめした上質なもので、この建物の雰囲気とは合っていない。
不審に思いながらもルイツは腰を降ろして、手にしていた剣を抱えた。
ガイザックの親友を信じていないわけではないが、どこかでピリピリとした感覚に苛まれている。
「気を許せとは言わないが、作り笑いくらいしてもいいじゃない?」
シラールと名乗った男はふと笑いながらグラスをルイツに手渡した。
ルイツはそれを受け取ると、少し迷うように眺める。
王都にきたら誰も信用はできない。そう言ったのはガイザック自身である。
だが、ガイザックの親友まで不信に思うのもな。
「作り笑いとか、器用なことできないんで」
「へえ。そうか」
グラスに口をつけようとして、ルイツは一旦息をつく。
やっぱり信用するのは、なかなか難しいな。
誰も彼も信用するとかは元々できないタイプだけど。
「ガイザック、用心深いなぁ。オマエの相棒。俺の出したもんに口つけやしない」
「シラール、てめえの顔が胡散臭いからだろ?」
「そーか?まあ、歳くったしなァ」
ガイザックは出されたグラスに口をつけてガバガバ飲んでいる。
本当に大丈夫なのか。
大体、王都にずっと住んでたら長いものに巻かれるだろう。
ルイツは、ハッと笑い首を左右に振って、
「アンタが警戒薄いだけだろ」
肩をすくませて、手にしていたグラスをテーブルに置いて、ガイザックの肩をたたく。
「俺の為に全部捨ててくれた仲間を疑えねーし、もし裏切られてたとしてもそれでも構わないって思ってんだよ」
ガイザックはそう言うと、シラールの腕をグイッと掴む。
無言で見上げる表情は微かに厳しい。
「本当だぜ」
シラールの表情が少しだけ固まる。
「…………ガイザック、オマエは何でも分かっていっているのか」
「何も分かっちゃねーよ。俺は…………むかしから…………っ」
突然、ガイザックの体は力を失ったようにソファーに沈みこんだ。
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